災害現場と違和感 Ⅱ

 雨雲を抜けると、街を見渡せる。

 どうやらこちらは豪雨に見舞われていたらしい。白羽の矢が突き進む方向を見やれば、事態は何となく予想できた。

 町外れの山肌が崩れ、一部の家屋が土砂に飲み込まれている。恐らくはそのうちのどこかで竜の想い人が巻き込まれたのだろう。


 さらに周囲の状況はどうだろうか。

 土砂崩れの周囲では近隣住民が救助しようにも手を出せず、まごついている。

 現場に至る道では崖際に生えていた木が落ちてしまっていたらしく、緊急車両が足止めを食らっていた。人が出て木を押しのけようとしているが、大きい上に枝葉がガードレールを巻き込んでしまっていてビクともしない。


 その様子を確認したミコトはグウィバーに目を向ける。


「私たちは土砂崩れの対応をするからグウィバーは倒木の対処をお願い」

「うむ、心得た」


 彼はその巨体故に土砂崩れ現場での救助は不向きだ。どこかでこっそり待機してもらうくらいなら、倒木の対処に向かってもらった方がいい。

 グウィバーの首元まで歩き、認識阻害のお守りを首にかけてやった後、ミコトはローブのフードを目深に被るとゲリとフレキを両脇に抱えて飛び降りた。


 人目はかなり限られている上、大部分は土砂崩れに目を奪われているので見られる心配はない。着地すると同時に白羽の矢を頼りに現場へと走る。

 辿り着いたのは土砂に半分を飲み込まれた家屋だ。


 重機だ、重機を持ってこい。消防はまだかなどと言い合っている男性と、口を覆って見やっている女性らが数人いる。

 そんな彼らが見つめる家屋に白羽の矢が突き立った。


「え?」


 あんなものが突き立つなんて、物語の中でしか見ない光景だっただろう。人々は呆気に取られていた。

 その合間にゲリとフレキに続いてミコトも現場に駆け込む。

 人の垣根をすり抜けると、倒木を足場に崩れて傾いた二階の窓へ飛び込んだ。


「へっ、今のは?」


 白ローブを着込んでいる上、真っ当な人間の全速力よりよほど素早く駆けたので目に留まらなかっただろう。

 人の目が届かない家屋内となったので、ミコトはフードを外す。


 二階の廊下から一階へ繋がる階段は倒壊した柱と建材によって塞がっていた。

 隙間はあるが、そのままではミコト一人が通るのにも難があるだろうか。


「あの子の魔力は一階からだね」

「女が一人、同じところにいる」

「家具の下敷きになっている」

「なるほど。それを助けているんだね」


 周囲の状況を見回しつつ、一階への道をどうやって開こうかと考えていたところ、ゲリとフレキが補足した。

 こちらの人間の魔力は微弱なので気取りにくいのだが、彼らは索敵能力と持ち前の嗅覚でよく察知してくれる。


 生き物が重い物の下敷きになった時や交通事故が起こった時は注意すべきことがある。それはクラッシュ症候群というやつだ。

 細胞が大量に壊れた時は、細胞内に保持していたカリウムが体液に流れ出してしまう。その血が急に循環すると、心停止を引き起こしてしまうことがあるのだ。

 故に物の下敷きになっている人は安易に動かしてはいけない。


 こんな場面に巡り合ったのは一度ではないミコトは窓辺のカーテンを引き千切り、へし折れたドアの枠木を手に取る。

 応急処置の道具としてはこれでいいだろう。


「よし、じゃあ行くよ。間隙全域、固定。拡張開始」


 全壊した建物を無理に広げればどこから崩れ始めるかもわからない。

 まずは家全体を魔力で包み、通路をこじ開けながらも加重された部位があればそこは結界で負荷軽減をさせていく。本当なら生命反応のあるところだけを守って吹き飛ばしてしまった方がよほど楽だが、衆目がある以上無茶は控えておく。

 それに、竜にとってもこの家は愛着があるはずなのだ。全壊と言えど、むやみに傷つけるのははばかられる。


 屈めば潜れる程度の道が開くと、ミコトたちは屋内を進んだ。

 要救助者がいるのは台所らしい。


 辿り着いてみると、中年女性が倒れた食器棚に足を挟まれ、倒れていた。

 さらにその上には倒壊した二階部分がのしかかっている。本来ならば人としての形を保つこともできないレベルで圧死していたところだろう。


 しかしながら彼女の身は、竜の形をした淡い光が被さって守っていた。

 魔力を目にすることができない人間には、倒壊した家を折れた柱同士が奇跡的なバランスで支えているとでも見えたことだろう。


「よく頑張ったね。もう大丈夫。私たちが引き継ぐよ」


 竜の大地で見た時よりもずっと弱々しく息を吐いている竜に寄り添う。

 ミコトはその頬に触れて労った。

 もうとっくに限界を迎えていたのだろう。その瞬間、竜の体は光の粒子となって崩壊する。


 世界をゆっくり渡るならともかく、想い人の危機に駆け付けるために無理をしたはずだ。これで力尽きて終わっていても何ら不思議はない。

 けれどもまだほんの少しだけ続きがあった。

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