模擬戦 Ⅰ
すでに夜中ということもあって、昼に日向ぼっこにやってきていた竜の姿はもうない。一部、縄張りをまだ持てていない至竜が丸くなって寝ているくらいだ。
いきなりの戦闘音で彼らを驚かせないためにもミコトは杖を揺らして音を出す。
杖に括られた狼や竜の牙がカラカラと音を立てると、竜たちはむくりと首をもたげてこちらを見つめてきた。
「ここだと余波で草地をひっくり返してしまうので、空中に作った足場を舞台にしてもいいですか?」
「ああ、構わない」
ベネッタの頷きを確かめ、ミコトは杖を振るう。
まずは二人の足元に円柱状の結界を作り、伸長させた。適度な高さとなったらそこから四方百メートルほどまで足場を広げ、土色に発色させる。
ひとまず準備はこれで十分だろう。
ベネッタは袖をごそごそといじると血文字が書かれた包帯を引っ張り出し、腕や拳に巻き付けていく。
あれはベネッタの結界を展開するための触媒だ。言わばミコトにとっての杖に等しい。
「ミコト。君に比べれば私は弱い。お手柔らかに頼むよ」
「いえ、そんな! 私としては先代ほど近接戦闘に秀でた人を知らないので勉強させてもらいます」
「私にとってもそうさ」
ミコトが得意とするのは一対多数の遠距離。対してベネッタは近距離の一対一を得意とする。
正反対の戦闘方法なだけにそれぞれの間合いで勝負した際はいい鍛錬になったものだ。まともに対するのは代替わりする前だっただけに、ミコトは緊張の唾を飲み込む。
ベネッタが嫌に落ち着いているのは表層世界で多くの場数を踏んでいるが故だろうか。
「では、行くよ」
「はい!」
ベネッタが構えると包帯に芯が通り、彼女の拳と足に高密度の結界が展開される。同時にその身を白い魔力が衣のように包んだ。これは身体強化の術式だ。
彼女は強化した身体能力と結界で固めた手足での肉弾戦を得意とする。
とてもではないが、結界で包み込んで捉えられる速度ではないので、その動きを目で追いきることと、一撃を結界で受け止められることが重要となってくる。
最低限、自分の周囲に魔力を展開して結界を張る下準備を終えたところでベネッタは突っ込んできた。
馬鹿正直に、真っ直ぐ一直線である。
だが笑えるものではない。その踏み込みは深く、姿が掻き消えたかと思うほどの速度だ。瞬きでもしていればその間に拳をぶち込まれていたところだろう。
「前方、一面!」
即座に杖を傾けて眼前に散布した魔力を固形化する。
まずは小手調べに、山賊を封殺したレベルの結界だ。厚さは約一メートル。金属には及ばないが、そこらの物質よりはよほど強固な壁だ。
結界を張るのと、拳がぶつかるのはほぼ同時。
酷く重厚な激突音がぶちまけられたかと思うと、攻撃は終わっていた。ベネッタの一撃はミコトの胸に拳一つ分の間を開けて静止している。
単なる右ストレートではない。鋼鉄すら穿ち砕くパイルバンカーと見紛うほどだ。
予想を上回る威力に息を飲んでいると、ベネッタは先程までの戦意とは一転して威圧感なく拳を抜いて見つめてくる。
「ミコト。手合わせできて正解だったよ」
「あ、えっと……」
これは、賞賛ではない。
その裏にある不穏さを感じ取ったミコトは思わず誤魔化しの言葉を漏らしそうになるのだが、ベネッタが口を開く方が早かった。
「お前は今、私を舐めて慢心したね? 通常強度の結界で何とかなると、高を括っていた」
核心を突かれ、ぎくりとする。
以前、手合わせをしたのはざっと六年前だ。
当時に比べれば自分も進歩したし、渡り相手にも結界は通用してきた。それをぶつければどうなるかと、確かに
彼女はそんな行動を選んだ内心を看破してくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます