団欒の時 Ⅱ

「私はそこで面倒事を治めるために協力をしている。例えば、一部の国では目の敵にされている悪魔の討伐などだよ。そうして働く見返りに、竜の大地へいろいろと便宜を図ってもらっている」

「えっ。それじゃあ私たちへのサポートは先代のおかげだったんですか!?」

「いや、竜の素材は重宝されている。多少、色がつく程度だと思うよ。何より、竜の大地を敵に回そうだなんて誰も思わない」

「この土地は人間にとって想像以上に脅威ですよ、ミコっちゃん? これだけ竜が揃っている上、送り人はなんだかんだで優秀です。表層世界の能力者と張り合っても上位十数人以内には確実に食い込むでしょう。だからこその用心棒稼業ですね」


 尤も、僕は弱いですが。とアルヴィンは笑って口にする。


 個々の力は血統でも質が変わってくるが、何より生まれてから触れ続ける魔力の質が物を言う。

 表層世界の個人戦力を歩兵とするなら、竜の送り人は空母もしくはそれが属す海軍基地にも等しい。縁者が見初めた御子が魔素溢れる環境で育てば、魔素がほぼない表層世界で育った能力者なんて比較にならないのだ。


 そこまで聞くとミコトにも大体の状況は読めてきた。


「つまり、先代はそこでの仕事で無理をすることもあるんですね」

「そこまで大事はないさ。大抵は表層世界の流行りの影響で出現した原種討伐に、各地の送り人の補助だよ。……まあ、綺麗事だけでもないだろうか」


 その辺りは隠し立てをしても仕方ないと思ったのだろう。ベネッタは苦笑を浮かべる。

 グウィバーは愛娘のことを思いやって見つめていた。それに気付いた彼女は彼の鼻先に手を置く。


「私が選んだ道だよ、グウィバー。今日口にした通り、心に嘘はついていない」

「そうさな。すでに答えが出ていたか」

「ああ。そういうわけで、師匠。ミコト。この薬は有効活用させてもらっている」


 ベネッタはそう言って薬を胸に抱いた。

 これが元送り人としてベネッタが決意した道らしい。


(ああ、そうなんだ。先代もみんなのために戦っているんだ)


 自分も願いを抱いて竜に生まれ変わる者を尊いと思い、日々尽力している。

 そうして彼らの願いを叶えることは幻想種であるゲリとフレキ、そして家族であるグウィバーやコーティたちの命を長らえさせることにも繋がる。

 ここではない舞台で、ベネッタが家族のために戦っていることだけは確かだ。それは彼女の声色や表情からも伝わる。


 ミコトは頷き、ベネッタを見つめた。


「そうなんですね。折角なら、一つ一つ何があったのかとか、どんなことがあったとかいうのを聞きたいです」

「いや、今回は勘弁してほしい。知っているだろう? 私は口下手なんだ。この仕事には守秘義務も一部ある。なにより、明日には戻らないといけない」

「くうっ、それが惜しいです! はっ、まさか……!?」


 突然の帰郷だが、長くいられないという。単に暇を見つけて帰ってくれただけかもしれないが、表層世界の仕事であれば有給休暇などちゃんと休む制度もあったはずだ。

 それを計画的に利用できないとなると、別の用事が控えていることも予想される。

 例えば、男とか。


 いてもおかしくない。先程だって軽く想像してしまったのだ。

 ズボラにタンクトップとカーゴパンツという無防備さで敵を殴り飛ばす姿に誘われた男の誰かに求婚されていてもおかしくはない。


 男がいるんですか? とは問えない。ベネッタのことだ。求婚に気付かず、付き合いとして予定を埋められている可能性もある。

 ならば、問うべきは特定の季節の予定だろう。


 ミコトは思考をフル回転させて答えを導き出すとすぐさま問いかけた。


「先代! もう一つ聞いてもいいですか!?」

「うん? まあ、答えられる範囲なら構わないよ」

「クリスマスや年末は帰ってきますか!?」

「ふうむ。そういう休暇シーズンには狙って新作映画やイベントをぶつけられるだろう? その反動がないとも言えないからわからないな。断言できずにすまない」


 よし。ひとまず危険な影はなさそうだ。

 その答えに安堵して握り拳をしていたところ、申し訳なさそうにしていたベネッタは首を傾げた。

 察してにまにまとしているのはアルヴィンとコーティくらいなものである。


 そうして空気が和んだところでしばらく歓談し、ゲリとフレキの口と手を拭ってやってから孵化の番を任せた。

 風呂の水は貯めているので、火竜の鱗を用いればすぐに沸かせる。皿洗いもミコト、ベネッタ、コーティの三人で行えばあっという間に終わってしまった。


 女同士で一緒に風呂というのもいい。だが、どうせならその前に一つこなしたいことができた。

 休暇中に付き合ってもらえるだろうかとミコトはダメ元で問いかけてみる。


「先代。お風呂の前に一つ手合わせをお願いできませんか?」

「構わない。だが、さっきは話す間が足りないと嘆いていただろう。殴り合いなんかに時間を使っていいのか?」

「はい! ぶつかり合いで伝わることもあるかなって思いまして!」


 例えば今まで知らなかったベネッタの戦闘法などがあれば、その背景を感じることもできるだろう。

 こちらから問えないこともあるし、口下手なベネッタが言葉にしなかったものもあるかもしれない。

 そんな思いで力強く宣言してみると、ベネッタは「ぶつかり合い?」と何かを勘繰ってアルヴィンに目を向ける。


「師匠。もしやとは思いますが、ミコトに何かを吹き込みましたか?」

「おや。僕ですか?」


 片付けをサボってこちらを眺めていたアルヴィンは、はて? と首を傾げていた。

 数秒後、彼は何かを思い出したらしく手をぽんと叩く。


「なんとお見事な推理ですね、ベネちゃん。そう、拳と拳は言葉以上の意思伝達であるとミコっちゃんに伝えた覚えがありますとも」

「違ったようですね。すみません」


 大仰な身振りで答える彼に、しらっとした目を向けたベネッタはこちらに視線を戻した。


「久方振りだ。互いに怪我をしない程度で良ければ引き受けよう」

「お願いします!」

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