竜を統べる御子 Ⅰ

 

 騙された。騙された。騙されたっ!


 焦燥感が時を追って膨れ上がっていく。本当ならば壁や台を叩いて八つ当たりし、わめき散らしたいくらいの気分だ。

 それを我慢しているせいで脂汗にでも変じているのか、体はじっとりと気持ち悪さに包まれていた。


 本音を抑えに抑えて、目の前の男に訴えかける。


「なぁ、おい。こんなところで休息を取っている場合じゃない。何度も言っているだろう!?」

「……」


 声をかけても短刀使いは寝椅子に腰かけたまま悠長に飯を食らう。わざとらしく無視を決め込むような態度である。


 ここは普段根城にしている山中の遺跡群だ。

 自分とこの男はたった今、竜の密猟から逃げ帰ってきた。


 いつまでもこんな盗賊業は続けられない。竜の素材がことごとく高騰している今こそ至竜を狩り、それを元手にこの生活から抜け出そうじゃないか。

 思いつきなんかじゃない。密猟計画を綿密に練った連中の案に乗るんだ。

 なに、心配するな。発起人は表の政府機関の人間だ。そこらのごろつきなんかじゃない。


 ――元はといえば、この男がそう言って誘ってきた仕事だ。

 それがどうなったことか。なんとか至竜は二頭仕留めたものの、一頭持ち逃げされるという裏切りまであった。その叱責も含めて声にする。

 すると、無表情を装って飯を食おうとしていた短刀使いの顔にもヒビが入った。


「うるせぇ。てめえこそ物を考えろ」

「考えているからこそ言っている! どこかで洗礼でもして、魔力の痕跡を一度断つんだ。そしてほとぼりが冷めるまで身を隠さなければ――」

「それのどこが考えてやがる!?」


 必死になって訴えていたところ、激高した男に頬を殴られた。

 痛烈なものだ。体は回転して地面に投げ出される。


 短刀使いは近接戦闘専門の元渡り。対してこちらは索敵に特化したサポーターだ。魔力による身体能力向上にも差があるため、たったの一撃で足がふらついてしまった。


「安全なところで物見決め込めるてめえとはわけが違う。こっちは命張って前に出てるんだ! 不休で行軍なんてできるか!」

「くっ……」


 唇が切れ、顎関節まで痛んでいる。

 冷静になるのだ。激昂して突っかかったところで負けは見えている。

 短刀使いが口にしているのは正論だ。竜の大地から逃げ、盗賊仲間がいるアジトで一泊。それから逃げ出すのが手堅いだろう。


 ――ああ、そんなことはわかりきっている。

 だが、手を出した相手を単なる少女や竜使いと捉えてはいけない。竜の送り人は時に暴竜すらねじ伏せる化け物だ。

 一頭一頭の竜にも徒党を組んで対処する程度の凡人が、リスクも冒さずに相手に出来る器ではない。この男は思考停止し、それを考えずにいる。


 けれどもその間違いを指摘して受け入れるわけがない。こうなったら男の言い分を飲み、御子がこの場まで追いかけてこないことを祈るのが最善だろうか。


「……すまなかった」


 怒りを堪えて謝罪を口にし、この場から離れる。


 危うい。何とも危うい賭けだ。

 そもそも何故、竜の素材が高騰しているのか疑問に思わないのだろうか。

 人が少ない以上、需要はそれほど変動するものではない。それでもなお高騰したというのは供給――竜の密猟自体が減ったからだ。


 時折、密猟者と思しき連中が里に突き出されることから噂は生まれている。

 曰く、竜の大地に手を出せば今代の御子が必ず報復にやってくるのだ、と。


 ありえないことではない。縁者の狼二頭は異様に鼻が利くともっぱらの噂になっている。その索敵能力が如何ほどかは知れないが、事実から推測すればとても舐められたものではない。

 常套手段を取っていれば過去の密猟者と同じ末路を辿るだろう。


「転移なら追われる心配もないと考えたというのに……! くそっ。こんなことなら、あいつを囮に逃げるか?」


 竜の大地周辺はそれなりに強い原種が出現する。非戦闘員の単独行動となれば、常人がヒグマや狼もうろつく山を行くようなものだ。無理とは言わないが、危険なことには変わりない。


 このまま待つか、一人で去るか。説得するか。

 どうする。どうする。どうする――!?


「ひっ!?」


 血が滲むほど爪を噛んでいた、その時のこと。感覚が何かを捉えた。

 それは言うなれば炎だ。遠目に見ていようと、巨大であれば熱が届くのと同じ。魔力の探知能力が高い者は、それを広範囲に捉えられる。


 過敏になって一キロ先まで休み休み探っていた範囲に複数の存在が侵入してきた。

 それも生半可な魔力量ではない。一体だけでもこの盗賊団を蹂躙できる存在が、十以上もいるではないか。

 空を行く鳥と同等か、それ以上の速度だ。こんな存在は間違えようもない。


「ふ、ふざけるなっ。こんなに早く来るものかっ……!?」


 広大な竜の大地でたった二頭の至竜を狩っただけ。管理しているといえど、数日気付かないどころか見逃したっておかしくないはずだ。

 これではまるで、最初から張っていた罠にはめられたかのようだ。


「くそ、くそっ! 俺は一体、何に騙された!?」

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