職業組合 Ⅰ

 

 多くの人間が住む一方、幻想種がほぼ駆逐されたあの世界を表層世界と称するなら、剥離されたこちらの世界はどう称されるか。その辺りは実のところ曖昧だ。

 神代の魔獣、古代の怪物などは次元の違う強さではあるが、その分燃費が悪いためにこの世界の中でも特に“空気が濃い”深みでしか生きられないと、言われている。

 そもそも生きて帰れる保証もない危険地帯なので確認もされていなければ、どんな領域なのかも不明で名前すらつけられていないのだ。


 そんな幻想の深淵とは異なり、竜の大地がある一帯は多くの意味で表層世界に近く、比較的平穏なので様々な種族が寄り付いている。

 その“近さ”故に表層世界の影響を受けやすいし、神隠しも起こりやすい方なのだが――ともあれ、幻想種の世界と表層世界の間にあるので通称、狭間と呼ばれている。


 ミコトが訪れるのは、その狭間最大の里だ。


「ありがとう。そのまま空で待機していてね」


 竜の大地からは徒歩二日の距離はあるので移動はもっぱら竜の背を借りる。

 体長十メートルほどの黒竜を撫でて労ったミコトはゲリ、フレキと共に竜が空に戻る様を見送った。


 里は路村なんてものではなく、しっかりとした人口密集地となっている。

 人口は数千人で、人は大なり小なり幻想種同様に能力を持つ。そもそも能力のせいで表層世界では暮らしにくかったから移住したり、その力がきっかけでこの世界に流ついた者の集まりだ。

 それもあって生活は割と現代風で、文化は和洋中華が混在。マンパワー的に電気や機械まで流通し続ける力はないので、文明社会から電気も通っていない地域に移住した集団とでも例えるのが近い。


 彼らは基本的に明るいうちに生活するはずなのだが、ミコトと二頭が近づくとやけに人が疎らになっていく。

 これは先程のグウィバーとの一件みたくゲリとフレキが『我らが御子はこの時代を終わらせる』なんて呟いたことも一因だ。


 確かに先代以前も竜を使役する点で尊敬と畏怖の対象ではあったものの、一般人の間ではその天秤が畏怖側へ傾きすぎてしまったのである。悪いことをした覚えはないし、悪気もないので遠巻きな視線には胃がきりきりと痛む。

 けれどこの視線、里人のみとも言えないようだ。


「あれは渡りの人たちだね。自分たちでも担えそうな仕事をさらわれれば気分は悪いし、仕方ないか」


 いわゆる傭兵か狩人、もしくは冒険者とでも言えばいいだろうか。

 表層世界と違って物資が豊富でないこちらでは彼らが狩った幻想種の素材や肉が高値で取り引きされている。獲物を狙う時、多くは里を渡り歩いて討伐依頼(クエスト)を受注していくので渡りと称されているのだ。


 害意とまではいかないまでも、敵意程度はあるだろう。彼らからの視線が肌をぴりぴりとさせている。それを過敏に察知した二頭は的確に威嚇を返しているから危なっかしい。安いチンピラでも引き連れているかのようだ。

 何かが起こる前に先んじて釘を打っておく。


「二人とも、大人しくしていてね? 変なことをしたら一週間ドッグフードのみだよ」

「物足りないが、その限りじゃない」

「満たされまいが、有事の際は牙を剥く」


 チラと視線を向けて落ち着きを見せる二頭だが、警戒を解く様子はない。

 何だかんだ言って、縁者は親なのだ。自分の御子贔屓で、愛情深いところはどの縁者でも変わりない。


 まあ、いつものことだ。大事に至るほど関係が逼迫しているわけではない。

 用件をさっさと済ませようと、ミコトは職業組合(ギルド)に向かう。


 そこは中央が半ば酒場や食堂のようになった施設で、組合ごとの集会場も併設されている。

 流通もほぼ皆無のこの世界では生きるために能力ごとの作業分担が必須とされているので、こうした仕事の斡旋場が発展しているのだ。

 実質、里の運営はこの施設が中心なので組合長が里長も兼任している。


 ミコトが尋ねるのも二階にある組合長の執務室だ。

 部屋の前でノックをしようとしたその時、ミコトははたと手を止める。


「ああ、やっぱり今回の討伐依頼って……」


 この里は害獣同様に幻想種が悩みの種となることはあっても敵対勢力と言えるものはなかった。その上、現在の里長はかなりの強者であるために警備というものは基本置かれることがない。

 だが、こそこそと隠れる人の気配を周囲に感じるのだ。ゲリ、フレキもそれを察して人が潜んでいると思われる方向にそれぞれ視線を投げている。


「うーん。まあ、やることは変わらないからね。二人とも、行こうか」


 少しばかり面倒な流れになりそうだなぁと嫌な予感を抱きつつ、ミコトはドアを叩く。


「ごめんください。薬の配達と原種討伐の挨拶に来ました」

「竜が埋め尽くすあの空模様だ、じきに来ると思ったよ」


 入室すると、窓から外を眺めていた里長がこちらを振り返る。

 歳は四十代。体付きは政の人間というより、戦士そのものだ。半袖から覗く腕は太く、刃物や獣による瘢痕がいくつも刻まれている。顔にしても傷が多く、下唇なんて切れ目が入っているくらいだ。場所が場所なら戦もできる指揮官的な地位にいた人間かもしれない。

 壁にかけてある剣や戦斧は、彼が以前渡りとして生計を立てていた時に用いていた得物だそうだ。


「騒がしくてすみません。薬を渡したら問題が起こらないうちに出立するつもりです」

「いやいや、あれだけの竜が集まってくれれば下手な幻想種は警戒して里に寄り付かなくなるだろう。気にすることはない」


 依頼書通りの薬を彼の執務机に卸す。

 いつもながらの仕事なので薬の小包を一つ開いて確かめれば里長からのチェックは通過だ。「確かに」と頷きが返ってくる。

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