人里からの依頼 Ⅱ

 竜の大地の草原という限られた好立地に建った一軒家のため、家の周囲は放牧中の牛の如く様々な竜に囲まれている。

 ワイバーンが翼を広げて日光浴をしていたり、地竜がじゃれついていたり。冒険者ならば真っ青になる光景だが、見る人が見ればのどかな光景である。


「よう、御子様。今日も真面目に朝が早いなぁ」


 声の方を見ると、鞍をつけた竜を何頭も引き連れた男性が歩いてきた。


「グランツさん、おはようございます」

「よせよせ。畏まるのはこっちの方だっての。嬢ちゃんは良い子だなぁなんて和んでいたら俺が仲間にぶん殴られちまうよ」

「それじゃあ私は程々にします」


 この筋骨隆々な偉丈夫は竜騎衆と呼ばれる一党の集まりだ。簡単に言うと、竜と心を交わした冒険者であり、送り人のサポート役でもある。


 彼らは丘から少々離れたところに自分たちの宿泊施設と相棒の厩舎を設えているため、用事がないと相棒を放牧するためにここまで連れて来る。

 一頭一頭の鞍を外そうとする度に甘噛みをされたり、首をこすりつけられたりと大層な懐かれようだ。


 ミコトは微笑ましく見つめる。

 竜の大地に住まう竜を束ねるのは御子の仕事だが、里などとの事務的な付き合いは彼らが代行してくれている。


 彼らは御子のおまけや竜騎士じみた冒険者とだけ見られがちだが、とんでもない。

 竜の中には人を拒絶する極端な例もある。全体の面倒を見なければいけないミコトでは手が回らない時、彼らがその竜とじっくり付き合って心を解すこともあるのだ。

 目立ちはしないかもしれないが、この竜の大地には彼らの活躍がなくてはならない。


「で、本日はどんなお仕事をするんだ?」

「原種討伐で里まで行ってきます」

「ほう。そりゃまた遠出になるな。心配なんぞは要らんと思うが、気をつけてな」

「はい、ありがとうございます」


 グランツは鞍を米俵以上の体積まで肩に積んだまま言葉を交わすと、手をひらひら振って丘を下りていった。

 さて、それでは用事を済ませるためにもグウィバーを探す必要がある。

 辺りを見回してみると、すぐに見つかった。彼は日当たりのいい場所で犬みたく丸くなって寝ていた。近づくと目を覚ましてこちらに視線を向けてくる。


「おはよう、グウィバー。ねえ朝から気持ちのいいニュースがあったよ」

「ふむ。二重の意味で良き朝か」


 どれと目を凝らすグウィバーにタブレットをかざす。見てもらいたいのはそこに表示されたニュース記事だ。

 それは先日訪問した老婆の話である。

 目につくのは『生き甲斐を見つけた』という見出し。寝たきりだった老婆が起き上がり、水鳥のための水域保全に乗り出したとの話が書かれている。そこには以前世話をした白鳥が夢の中で竜になって戻ってきたとの話も載っていた。


 グウィバーはほうと感心の息を吐く。


「我らの存在が秘された上で、ささやかながらの信仰は共有される。望ましい結果だ。ミコトのまじないも功を奏したのであろうな」


 困ったもので、人間社会のお偉いさん――特に政治家は宇宙人同様に幻想種の存在を知ってはいるものの、良しとはしない。

 故に不倶戴天。下手に痕跡を残そうものなら科学的に解明・・・・・・されて存在がなかったことにされる。産業革命辺りから始まったこの排斥活動のおかげで幻想種はある意味、絶滅危惧だ。

 割と危機的状況である。


「効果としてはおばあさんが名医と巡り合うとか、保護に繋がる縁が招き寄せられたとかだったんだろうけど、情けは人の為ならずって感じだね」


 白鳥も思いを遂げられ、老婆も緩やかに死を迎えるのではなく最後の花を咲かせている。手助けした身としてはこれ以上とない続きを目にすることができた。

 それに満足しているとゲリとフレキが背にのしかかり、タブレットを覗き込んでくる。

 全体重を預けられているわけではないが、乙女にとって狼二頭の体重はきついにも程がある。倒れ込む前に離れてくれたのは幸いだ。


「当たり前だ。我らの御子は先代やそれ以前のお役目なんかと比較にならない」

「主神の神託は下っている。ミコトはラグナレクの如くこの時代を終わらせる存在だ」

「ちょっ、二人とも……!」


 自信満々にふんぞり返ってグウィバーに視線をくれる二頭を抑え込む。二頭は思ったことをそのまま口にする性分なので度々場の空気を乱すことがある。

 今とてそうだ。とある言葉がグウィバーとの間の空気を少しばかり張り詰めさせた。


 御子とは自分のことだ。

 妖精の取り替え子チェンジリングと同様、ミコトはこの二頭に見初められ、育てられた。その時の親を縁者といい、子を御子という。

 竜の大地のお役目は代々そうした縁者と御子が継いできた。

 ミコトにとっての先代の縁者がグウィバーなのである。可愛い子供が劣っていると言われれば、それは怒るというものだろう。


 ミコトは両脇に掴まえた二頭の首を多少強めに締め上げる。

 こうした失言は多いので、グウィバーも瞬間的にムッとすることはあっても声を荒げることはない。仕方のない二頭に代わってミコトが謝意の表情を向ければ水に流してくれるのがいつもの流れだった。

 息を一つ吐いたグウィバーは心配の視線を向けてくれる。


「我のことはまだ良いがな、時代を終わらせるなどとは二度も三度も里で呟かぬ方がいい。ただでさえ距離を置く者もいるのだ。敵を増やしかねぬ」


 大人の態度で向けられるグウィバーの忠告で二頭はようやく失言だと理解したらしい。反論することもなく地面に伏せ、小さく唸っている。

 だって事実なんだもんとでも言い表せそうな様子だ。


「ありがたいけど、二人も贔屓は程々にね? グウィバーは忠告ありがとう。ところで、私たちは里に薬を届けた後に依頼された原種狩りに行くんだけど、グウィバーはどうする?」

「余計についていけば威圧になりかねぬ。我はここで番をしておくとしよう。家の守護結界も有限ではあろうしな」

「助かるよ。ありがとう」


 留守にしていれば悪戯をしに来る妖精や、果ては食料の匂いを嗅ぎつけて荒らしに来る幻想種もいる。厳重な防犯対策には多少のお金がかかるように、そちらもノーコストとはいかないのだ。

 用が済んだミコトはタブレットをショルダーバッグにしまい、ゲリとフレキを見つめる。左袖をめくり、腕に並んだ刻印をかざした。


「二人とも、回路(パス)を繋いで。聖刻(スティグマ)を一画消費。〈伝令〉で竜の大地中の至竜にサハギン狩りだって伝えて。あと、特に優しい子十頭くらいには追加でのお願い事もあると思うから、それもよろしく」


 呼びかけると二頭はすぐに身を起こした。その身には電気のようにぴりりと魔力が迸る。

 幻想種とは白鳥から竜となったような成り上がりの『至種』ばかりではない。伝説の名を冠する特別――『貴種』と総称される存在もいる。

 グウィバー然り、この二頭も本物だ。


 曰く、北欧神話の主神オーディンのお付き筆頭。単なる伝令係でしかないワタリガラスのフギンとムニンと違って番犬の任まで担えるエリート狼らしい。

 対象に何かを伝える〈伝令〉の技能はその証拠だそうだ。


『でかい方が強い』

『カラス如きに遅れを取る我々ではない』


 と、豪語していたのが思い出される。

 うぉーんと二頭が遠吠えをすると風もないのに草木が揺れた。〈伝令〉の効果はすぐに現れる。見渡しきれない広大さを誇る竜の大地には、もちろん先程の遠吠えが響き渡ることはない。しかしながらあちらこちらで竜が舞い上がり始めるではないか。


 その威圧感は渡りをしようと上昇気流に集まる猛禽類の比ではない。それこそ世界を終わらせる終焉の呼び声は先程のようなものだろう。空を旋回する竜が天蓋を覆わんばかりだ。

 ミコトはそれをいつもの風景として見上げた後、グウィバーに微笑みかける。


「それじゃあ、行ってきます」

 

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