職業組合 Ⅱ
「それで原種討伐はサハギン三十余りということで大丈夫ですか? 発見時の証言からの補足でもあれば聞いていきます」
「ふむ。申し訳ないが、漁師が遠巻きから確認しただけで正確な数はわからない。しかも、カエルじみた姿もあった気がすると証言がバラついている」
「それは、つまり――」
原種とは結局の所、なり損ないの魔物という認識でいい。知性もなく、生殖能力もない。獣以下の頭で、獣以上の厄介さを持つ生物だ。
彼らはこの世界に溢れる力が凝り固まった場所に発生しやすい。
けれども大抵の場合、発生する原種はコピーでも繰り返したかのように同種ばかりなのだ。
彼らの発生は自然災害みたいなものだが、実のところ発生条件はもう一つある。
「十中八九、表層世界の流行から生じた原種だろう。そこで、だ。経験を積ませたい若者が育ったので、ここは一つ竜の試練を頼みたい」
「やっぱり……」
ミコトは頭を押さえる。
狭間が表層世界に近い故に起こる現象の一つだ。
幻想種は人々からの信仰を栄養源のようにして生きている。有名な神や逸話、都市伝説に対する感情であればファンレターのように信仰が届き、当人の力になるものだ。
では、地上で流行した映画やゲームなどで発生した信仰先のない信仰心はどこに行き着くのか?
その答えがこれである。モンスターパニック映画が流行すれば、それと似た化け物がこちらでも発生しやすい。
正直、はた迷惑な話だ。
そしてこんな状況に見舞われた上での『討伐依頼』と『竜の試練』である。
「いつも通り引き受けてもらえるだろうか?」
「……はい。私たちに関わろうとしてくれる人は得難いものですし、社会貢献でもありますから」
「聞いたか、皆の衆。若人の晴れ舞台だ!」
にんまり笑顔で里長が声を発した瞬間、隠れていた気配が動き出した。
執務室の扉がバン! と開かれ、数人が飛び込んでくる。
「はい、映像! 不意の事故であらわになる柔肌も、ポロリも最高画質で録画――」
「はい、音響! 戦闘中にはあはあと乱れる吐息の悩ましさも最高音質で録音――」
確かこの職業組合の受付嬢と女給だったか。
魔王が諜報用に使役しそうに目玉と耳の使い魔を小脇に抱えて主張したかと思うと、保護者としてお怒りを表明したゲリとフレキにそれぞれ飛びかかられていた。
無論、流血沙汰にはならない。きゃー♪ と喜ぶ声の通り、二頭の牙は首の皮一枚で止められている。
彼女らだけではない。先程まで隠れていた人物が何人も入室し、わいわいと賑わいでいた。
ゲリとフレキはそれに小さく歯を剥きつつ、受付嬢と女給の顔面を肉球で粗雑に踏みつける。それでも嬌声が上がるあたり、酷い絵面である。
このお祭り騒ぎが面倒なのだ。ミコトは小さく息を吐き、里長に視線を戻す。
人口も流通も少ないが故、娯楽に乏しい狭間ではこのような原種狩りは最新映画の放映のように扱われる。しかもそれを駆け出しの冒険者の通過儀礼にしようとしているところが非常に面倒なのだ。
里長はそれに対して理解のある苦笑を向けていた。
「騒がしい点は申し訳ない。だが、二代前はともかく、君や先代のようにうら若い乙女がこの世界のために尽力しているというのに理解がないのは悲しい。娯楽の面もあるが、相互理解のためでもあるんだ」
「その点はご配慮ありがとうございます」
とはいえ別の折り合いの付け方もあるんじゃないかと思えるので複雑な心境だ。
それに猜疑心があるのも無理はない。ミコト自身、『この時代を終わらせる』なんてお告げをもらって自分を疑いたくなっているくらいだ。
そんな割り切れなさが表情に出ていたのだろうか。里長はとんと背を叩いてくる。
「神代はとうの昔に終わった。幻想も時代の残り香になりつつある。だが、そういう寂しい捉え方ばかりではない。私の戦士としての時代は終わった。だが、今がある。一つの時代が終わったとて、続きがないとは限らないだろう?」
里長は壁に掛けた武器を指差し、励ましの表情を向けてくれる。
確かにそうだ。ミコト自身、幻想種と人の新しい共存方法を模索している。もしかすれば、それが上手くいった未来のお告げということもあるだろう。
「そうですね。ありがとうございます。ゲリ、フレキ。そろそろ行くよ!」
杞憂ばかり抱いていても何も始まらない。ミコトは二頭に呼びかけ、部屋を出るのだった。
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