#♭♮:最終エピローグ:♮♭#

 姫様の言葉が、この宮殿前の巨大な広場に厳かに響き渡っている……


 見渡すほどの石畳が敷かれただだっ広い空間には、この国の人たちがひしめき合うように集まっていて。それでいて老若男女食い入るように耳を澄ませてそのりん、と鈴の音のような姫様の声を息も押し殺して聞いているのであって。


 僕らは翻訳アプリを通してその御言葉を聞いている。この国の言葉の奴はまだそこまで発達していないのか知らないけど、甲高い声の女性がたどたどしく喋るという音声なので、周りの静寂の場と併せて非常に腹筋に悪いんだけれど。


<……私をまだ受け入れない人もいるでしょう、認めない人もいるはずです。それでも私はこの国と共にありたい。変えるところは変え、変えない、変えられないところは変えずに……>


 しかしその内容は非常に心打つものであったわけで。僕は何故か、「ダメ」に関わるようになった、きっかけの場面を思い浮べていた。なつかしさと共に。


―ごめんなさい。


 あれから何年経った? 僕はあの頃の自分じゃあ想像も出来なかった「未来」に今、降り立っているということを感じている。本当に、人生は予測不能。不能過ぎてもぁう、こちらの身体も精神も極限まで削りにくるけど。


 それでもかけがえの無いものは分かる。「世界」を通じて、それは分かるようになったんだ。だからそれから手を放しちゃいけない。僕は両手に感じる柔らかいぬくもりを改めて知覚する。


<……最大の悪は、最大の失敗は……『無関心』であること。自分の内のうちで……自家毒のように煮詰めたそれで傷つき収縮してしまうこと……>


 姫様がここまで喋れる人なんだとは、思ってもみなかったけど、まあ成長しているのよねぇ、若いもんねぇ……


 何故か私は、雑居ビルの屋上の、あの生ぬるい吹き上げる風の感触を、肌の前面で既視感ならぬ「既蝕感」のような感じで思い出している。吐き出していると、自分でも思ってた私だけれど、それでも心の奥の底のさらに二重底の下には、度し難い「毒」がなみなみと溜まっていた。


 それを全部吐き出させてくれたのが、「ダメ」なのかな。とんでもない量の、心の血膿みたいのも流され尽くされたけどね。


 でも、今こうしてこう在るってことも、そのおかげなんだろう。かけがえの無いものを私は今、両手にかき抱いているわけだし。


 吹き付けて来るような、熱気も今や、心地よい。思い切り私は息を吸い込んで、姫様の言葉に耳を傾ける。


<人を人として人らしく、たらしめてるのは何か、私はずっと考えていました。『人』が『人』たりえるのは……人と人との、『世界』との繋がりなのではないかと……拙いながらも見聞を自分なりに広げて……行き着いたところはそこでした。それが正しいのか? それは今の私には分かりません。でも分からないなりに……私はそれを考えていたい>


 姫様の言葉はいつも、私のすぐに干からびかける精神の根のようなものに、うるおいを与えてくれる。私はこの人に仕えてきて、本当に良かったと、心より思う。


 成長されましたな……王宮の二階、張り出したバルコニーから、降り注ぐかのようなその拡声音に、眩いその御姿に。


 何故か涙を落としそうになっている自分に気付く。いかんぞジローネット、職務を全うせよ。私は殊更に背筋を伸ばし、大きく息を吸ってその波をいなそうと懸命であるが。


 刹那、であった……


<……だから私は、自分の全てを曝け出し、吐き出せる『場』を設けたいと考えています……そう、かつて訪れた日本ジャポネスの流儀に則って……>


 ん? どういうことで……どういうことでゴザろうか……


<……年に一回ッ!! 老若男女身分も何も関係なくッ!! 参加できる祭典、『ダメ人間コンテスト』を開催することをッ!! ここに宣言するッ!!>


 曇りなく言い放たれたその言葉に、全一何此ナ・ンゾコ・ルェ?感否めない私を、さらに高みより俯瞰せし私を感じているがェ……


 えええええッ!? 何て? 何て姫様ッ!?


 とか最初は泡食った僕だったけれど、それを上書かんばかりの爽やかで何か笑うしかないような奔流が、自分の中の全てをカッ攫うかのように押し寄せて来ていて。思わず吹き出してしまうのを堪え切れない僕がいる。


 ええええええ……大概やん、あんたも、姫様ェ……


 とか、端から鼻で笑おうというスタンスじゃなきゃあ、鼻奥にツンと来る衝動を、抑え込めそうに無かったけど。面白えじゃん、姫様。あんたはやっぱどえらい器よねへぇ……思わず吹き出してしまうのを堪え切れない私がいる。


 いかんッ!! 姫様が……いや国王陛下ともうお呼びした方がよいのか? いやそれどころでは無いッ!! このような暴走、いかな私と言えども想定外でありますぞッ!!


 しかし、


 慌てふためき王宮の方へと駆け出す私なれど、それを阻むようにして人の群れが。ぬううと歯噛みするも、その人々の顔が一様にほころんでいる様が網膜に焼き付いていくのであって。歓声を上げ始める群衆に揉まれながら、思わず吹き出してしまうのを堪え切れぬ私がいる。


♡000001:唐突なるゾ★(あるいは、アロナ=コ・フレドポゥラ・トエル・ウル・ボッネキィ=マ、推して参るっ♡)


<我が国民共ぉぉぉぉッ!! よぉぉぉぉく聞けよぉぉぉぉぉぉッ!!>


 腹からの声は、私にとんでもない開放感と、そして勇気を等分に与えてくれるような気がして。


 ぶおん、と大地が鳴ったかのような私の、愛すべき国民たちの吠える声が天まで貫きそうで、思わず吹き出してしまいそうなのを堪えるので必死だ。


<お前らはダメだぁぁぁぁぁぁあッ!! ダメな人間だぁぁぁぁぁぁッ!!>


 後ろで重臣たちが慌てる雰囲気を背中で感じながらも、


<だけどぉッ!! ダメでこそ人間なんだぁぁぁぁぁぁぁあぁッ!!>


 私の声は、自分でももう止められない。


 ごう、とうねる人々の声は、もはやこの王宮の全てを包み込まんばかりだ。一体感……計り知れないその感覚を、いま私は受け取っている。


<国民全員参加しろよぉぉおぉぉおおおおおッ!!>


 ここまでの感覚、王宮から出なければ、きっと得られなかったものに違いない。かけがえの無いものを抱え、私は叫ぶ。体の底、脊髄の底の方から。


<『ダメ人間のッ!!』>


 「少年」の姿が目に入った。少し呆れたような、しかして満面の笑み。


<『ダメ人間によるッ!!』>


 ワカクサも……可愛らしい兄妹だな、母性溢れるその笑み。眩しいほど羨ましいな。


<『ダメ人間のための祭典、それこそがッ!!』>


 ジローネットも人込みの中で苦笑を浮かべつつ、もう諦めたのか大口を開けて唱和している。これからも……よろしく頼むぞ。


 殊更に息を吸い込み、多分な溜めを作る。私の挙動を逃すまいと、一様に見つめてくる眼下の国民の全員と、目と目が合った気がした。


 そして束ねた声は、はるけき山野を駆け巡るだろう、願わくば、愛すべき我が国の全土へと響き渡れ。


<……『ダメ人間コンテスト』ぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!>


 遂に堪え切れずに、私は多分、誰にも見せたことの無い満面の笑みで、「自分」と、そして「世界」と向かい合っていく。


 それは、とても、途轍もなく爽快な気分であるわけであって。


 歓声が吸い込まれていく青空へ目をやる。これから、これからも私は行く。私を私とたらしめん物々と一緒に。そうだ。


「……」


 私の、私の「自分」は、私の「世界」は、これからなのだから。


(ダメ×人×間×コン×テス×ト:終)

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〚真装〛(Alaaas!!!)ダメ×人×間×コン×テス×ト×I★W★3 gaction9969 @gaction9969

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