#308:光を、で候(あるいは、その向こう側/闇と光の端境に)


 馬上で拘束されているかのように見えし覆面男に、するりするりと近づいていくのはハツマ殿と少年殿の騎馬。


「……」


 私はと言えば、黒服どもをさほど労せず棒術にて戦意を奪ったのちは、ただただ身体と精神に重くのしかかってくるような疲労感に、やっとのことで立ち尽くしているという有り様であったのであるが。


「もう今回はシメる役といったら、姫様以外にはいませんよね」


 少年殿が何か吹っ切れた笑顔ながらも、有無を言わせぬ力強さにて、いやいやとかぶりを振るばかりになった覆面男の左腕を、ぐいと背中側に捻り上げ拘束する。「姫様」……? ふ、と香るような気配を右肩に感じた私は振り返る。そこには、ワカクサ殿に連れ添われ、少しよろめきながらも、その御顔に確たる力を纏わせた雄々しくも凛々しい御姿があり。


「姫様これを」


 いつの間にだろうか、先ほどまで倒れ伏していたかのように思われしアオナギ殿が、姫様の進行方向に跪き、恭しく何かを差し出している。


「馬上より失礼つかまつりますが……姫様。どうぞ御存分に、『世界』に向けて撃ち放ちたもう」


 ハツマ殿も重々しくそう言いつつ、覆面男の右腕を無駄の無い動きにて締め上げている。えええ……アヤちゃんこれはもう国際問題に発展しちゃうよやめようよ……との覆面の下から力無く漏れ出てくる声には、誰も何も反応を見せていない。


「……!!」


 覆面男の身体は、両腕を極められたまま、何てことはない感じにて、フィールドにす、と下ろされたのであるが。これにて終了……であろうか。


「よぉァしッ!! 我々の負けだッ!! さあ表彰式に移ろうッ!!」


 きわめて軽々しくそう言い放った覆面男の言葉は、誰も何も聞いていないかのように、私は感じた。


<……コレガ表彰式ダヨ……『表明式』トデモ呼ンダ方ガイイカモ知レナイガナァ……>


 その全てを薙ぎ払うかのような姫様の肚の底から響く重々しい声が、これから始まる「儀式」の神聖さを、より深めているようであり、さりとて非常に不穏なドス黒さに慄いてしまいそうな迫力が秘められていたり。


<ワカクサ、ジローネット、きゃ……脚部頼ム……>


 そして掠れた御声で飛ばされる逆らってはならぬような指示に、図らずもワカクサ殿と二人、はいですッ、との非常にいい返事を同調ハモらせると共に、覆面男の元に駆け寄って、そのだらりと力の抜けた脚を抱え上げるようにして固定するのであるが。


「あれぇッ? 敗者が担ぎ上げられてあれれぇ? 胴上げにしちゃあ拘束感凄まじいというか、鼠径部がガラ空き過ぎてそして力も入らずにすーすーしますぞェェ……!!」


「……姫様、御身に装着せしその『阿修羅像くんアーム:弐式』の出力は『2,0000ボルティック』級……あなる者のあなる穴目掛け、存分に撃ち放ちたもう……」


 私の正面にて未だ跪くアオナギ殿がそんな畏まった物言いでのたまうが。当の姫様はその細い両腕を外側から覆うかのような、無骨な金属質の「腕」のようなものを装着なされている……何が。何がこれから一体。などと思っていた私の耳に、おそらく残る力を絞ってであろう、姫様の凛々しき御声が響いてくる。


<覆面の者ッ!! 黒幕の口上、見事であるッ!! ゆえに敬意を払いてこの、アロナ=コ・フレドポゥラ・ドル・ボッネキィ=マがッ!! 直々にこの儀式を執り行うものとするッ!!>


 姫様……貴女はこの日本ジャポネスの旅にて、何を見て、何を学ばれたのか。私なぞには到底計りし得ないでありますが。


「……」


 その「メイド服」なる御母上の作りし衣に身に纏い、国王陛下が如き雄々しき御声を発せられる姿を見ていると……私の目には確かに。確かに貴女様の御両親の姿がお二人とも目に浮かんでおりますぞ。


 しかして。


「ええええぇ……やっぱり綺麗にシメようとしてきちゃったけど、やることはどうせ同じなんだよねぇ……も、もぉぉぉぉいいですわッ!! や、ややや殺れェッ!! 最後にどかんとYOUやっちゃいなYO!! べ、別に、今までの流れなんて完全に無視した体で、さ、さっさと殺ればいいんだからねッ!!」


 覆面男だけは何故か諦観にまみれた怒鳴り声を張り上げるばかりなのであったが。


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