♬304:烙印で候かーいですけど(あるいは、混沌箆棒の/遡上なぞりあーに)


「ふふふ……ふはは!! 驚きの余り声も出ないという……あるある過ぎて本当にもうって感じの佇まいだねえキミたちは……」


 黒地に金色の文字で漢字クワンジーだろうか、大書されている覆面マスクが、その下で余裕の体で喋りし者の口の、顎の動きによりて不規則に動いていることを私は阿呆のように視認するばかりであったが。


「はははははは……よくもまあ、揃いも揃って華麗なるダンスステップだったよ……サイノくんもよくやってくれた。しかしてやはり最後をシメるのはこの私……『謎のマン』こと、『堰塵積獣せきじんせきじゅう』の獣字じゅうじを持ちし者……」


 周囲の怪訝そうな、というよりは、何と言うかの食傷感じみた不穏な空気に気付く気配すら見せずに、その壮年と思しきいやに張りのある声が静かなる場に響いていく。


 まだ……いたというのか。裏で暗躍する者が。この余裕ある物腰、場の空気を物ともしない傲岸さ……手強い……手強さを私は相対する傍からそう受け取っている。ぬう……まだこの「騎馬戦」は続いていたと……はっきり迂闊。敵方も残るはその壮年覆面男の一騎を残すばかりではあったが、一は一。騎馬を解いてしまっていた私には、もはや戦う術は残されていない。


「……」


 ワカクサ殿も先ほどサイノを殴りなめすためにフィールドに降りてしまっていたため、我が方の騎馬はハツマ殿の騎と……少年殿の騎馬である。二対一、有利とは思えるが、その覆面男は素性は知れねども、何とも表現しにくい邪悪なアフラを纏っているようであり。などと詮無い考えをしている場合ではなかった。


「……!!」


 唐突に、フィールドにばらばらと人影が現れ出でて来る。皆一様に黒いスーツの上下を纏った、ひと目鍛え上げられた肉体を持ちし屈強な輩たちであったが。なんだ……?


「……『道具』の使用も禁じられていないんでねえ……こいつらは私の『手駒』。よってそれを使用してキミたちをツブすということに……何の問題も無いというわけだぁ……」


 詭弁ここに極まれり。しかしてそれを非難したところで、何にもなりはしないということも事実。そう……「世界」はいつもそうなのだろう。力を持ちし者が、有無を言わせず己に都合のよい御旗を掲げ上げる。それは何とも厳然であり絶対的であり……


「……」


 滑稽で、また噴飯である。ふふふふ……というような不敵な鼻息が聴こえてきたかと思うが、それは他ならぬ自分の放つものであった。


 だいぶ私も毒されてきたか。ちらりと視線を巡らすと、同じような顔をしている者たちのそれとぶつかり合う。私はもはや、まだぎこちないながらも、悪そうな、と表現すると最適であろう、笑みを己の顔面に浮かばせるのみであるが。


 倒れ伏した主任の随分と変形してしまった長い顔を見下ろしながら、それでもまだ終わってやしないってな事を思い知らされたわけだけど、うん……まあその辺りはもう分かってはいたよ。裏に誰かさんがいるんだろうな的なこともうっすらと……いや、かなりの濃度感をもってして知ってたよ、脊髄が感知していたよ。


 あいつか……先の「黒幕」、瑞舞ミズマイェ……あの時きっちり屠ったと思てたけど、またしても暗躍しとったんだね……しとったというか、何者かの意思に操られるようにしてさせられていたのかもね……シメのために。


 せつなさを含んだ伏し目の下で、口だけがひん曲がって、悪そうな笑みを形作っていくのを感じてるんだけど。


 うん……例の「黒服」たちがばらばらと出て来てその数は三十がとこはいそうだったけれど。まあ……うん、そう来るよね……「謎のマン」が唐突に現れてからは消臭しきれないシメ要員が為に召喚された感が、おそらく勘の鋭いこの「場」の俯瞰者たちには分かり過ぎるほど分かっちゃってたはずだしね……


 馬上の僕の顔は、眉はハの字に落ち込みつつも鼻から下はとんでもないにやり感を滲ませるという、何とも悪い笑顔を現出させているはずだけど。


ミズ「なっ……ッ!? ななな何だっていうんだねその薄らキモい顔どもはぁぁぁぁぁぁぁッ!? なぜ怖れない、なぜ憎悪しない、嫌悪しないんだァッ!? これ以上ないほどの邪悪がほら、混沌を背負ってやって来ましたよ!? いやいやいや何なんその『おいでやす』感満載のおぞましい笑顔は何なんだね一体ッ!! こ、これじゃあまるで私が体のいいシメ要員が為に召喚されたかのようではな……ハッ!!」


ムロ「あの時はよくも……ッ!! よくも僕らの優勝賞金をわやにしてくれたなッ!! うううううう……絶ッッッ対に許さんッ!!」


ミズ「ええ~そこぉ~!? そんな端金なら今すぐにでも払うよぉ~? それにだいぶ前の話だし今ここで蒸し返すほどの怨恨じゃないと思うんだけどなぁ~? ぶ、無礼を承知で言わせてもらうけど、ムロトくん? そういうとこだと思うよ、キミはぁ~」


ムロ「……僕も『道具』としてみなさんを使わせてもらいますね。そして一応まずは僕が放っておきましょうか……『最後の勝負だ謎のマンッ!! 僕は、この最終戦にふさわしく、ダメをもって、お前をッ!!』」


 僕は、僕の騎馬のもとに集まりつつある面々を睥睨しつつ、言い放つ。


「……嚥下から排泄まで、暮らしを彩る痛覚の祭典へいざなおう……」


 これ以上ない掠れ声に、相対した壮年がエギヒィ、という押し殺した悲鳴を上げ、それと共にその顔が覆面マスク越しでも分かるほどに青ざめることが何故か分かる。


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