♬303:素願で候かーいですけど(あるいは、あの鐘を/鳴らすんだねやっぱり)

 姫様の言葉は、サイノのみならず、この場に居合わす全ての人達に、平等にもたらされたように感じた。かくいう僕も心の奥底の何やらが震えるように激しく共鳴したような感覚を味わっていた。


「……」


 サイノは正座の姿勢からの人工芝の地面に顔面から突っ込んでいった態勢のまま、しばらくは嗚咽で引き攣ったように蠢いていたが、それも今や収まっていて。


 こんなにギラついていたっけ、と思わせるほどの照明スポットライトが、何か弛緩してしまった僕の網膜を通した視神経へ、舞い動いている光る埃だか何だかの光景だけを送ってきている。


 終わった……の、だろうか。まだ件の「爆弾」とやらの存在はこの場に確かに鎮座しているわけで、迂闊にそう思ってはいけないのだろうけど。


 とか、未だ僕の足元で為されている「騎馬」の上で呆けるばかりだった僕の視界の端で。


「……」


 若草さん……? 流石に緊張と疲労のためかその動きはところどころぎくしゃくするところはあったけれど、しっかりと、その長い脚を振り上げまたいでから、次の瞬間には、とんと人口芝の上に着地していた。


 そして。


 うずくまったままのサイノの元へ、静かに歩を進めている。周囲はまたも静寂。それはこの行く末を……取り囲む「世界」が全て、見守っているかのようにも思えるわけで。


 主任……色々あった。いろいろあったね。その全部が全部「分かる」なんては言い切れやしないけれども、でも、分かるよ、何十年がとこ生きてきたんだもの、それは何となくだけど分かる。


 1mも無いところまで近づいて、改めてその丸まったまま震えている背中を見つめる。ずっと、自分を偽ってきた人間の、それはダメな末路であるのかも知れないけれど。


 でもそれを、そいつらを丸ごとひっくるめて、「ダメ」を自分の中に呑み込んでから咀嚼して吐き出して拡散して。


 ……そうして世間に、自分以外の世界に寄り添って生きるってのも、ありだと思うよ。喪ってしまったもの、還ってこないもの、色々あるけど。その色々を、「エピソード」にして、自分の中に呑み込む……姫様も言ってたじゃない。「ひとつなぎの生命」。


 とは言え。これ以上ないほどのうすら清々しい綺麗キレイした収束気味の空気に、不謹慎ながら食傷感を感じている自分がおることも脊髄あたりで感知しておる……嗚呼ダメだ。私はやっぱり「ダメ」の側の人間だったのだ……


「……」


 それでも表面上は頽れた主任の肩に優しく自分の掌を乗せて、振り仰いできたぐちゃぐちゃの顔に女神のような微笑を突き合わせる私。でもううぅん……わざとらしいほどに「凪ぎ」過ぎてるよね……嵐の前的なね……


 主任の、その骨ばった左手を掴んでそろそろと立ち上がらせる。主任は私に、何か言いたそうなそんな表情の歪みを見せるけれども。


「!!」


 それを封殺せんばかりに、振り払うように、私は腰の捻りをも総動員して弧を描くように己が右拳を主任の力の抜け落ちた顔面目掛けて振り抜いていたわけで。スゴッ、みたいな枯れた音が静寂の中、響き渡る。


「……!!」


 返す刀で左拳をも。主任はされるがまま、それでも踏みこたえて立ち尽くしている。もう言葉は出そうに無かった。であれば、我が夫にしたように、


「……」


 抱きしめるようにしてブン殴るほかは無かったわけで。


 終わった……のであろうか。姫様の御言葉に図らずも慟哭してしまった私ではあるが、深い呼吸を繰り返し、何とか平常を取り戻すことは出来ていた。そして、


 若草殿の執拗な打擲に、ついにサイノの膝が左右わずかの時間差をもってして崩れ落ちる様が見て取れたが。


 いや、まだ終わってはいない。「爆弾」の解除、それが確認できていない。気を抜くなジローネット。


 刹那、だった……


「っはっはっはっはぁ~!! いいねえいいねえ茶番劇ッ!! まっことよろしな三文感だよキミたちぃ~、すべては我が掌の上で踊らされていたことに、そろそろ気づいたんじゃあないのかねぇ~? ええ~?」


 今まで戦場の後方も後方に待機していた、黒覆面の男が騎馬の上で拍手をしながらそうのたまってきたのだが。


 ……こいつは、一体?


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