#233:来寧で候(あるいは、ゴートゥザ/サドン/デスマッチ)


 完全試合と言えた……


「……」


 対局場である「盤面パネル」の正にの天元ちゅうおうに、姫様が沈黙のまま立ち尽くしておられる。周りには赤色と橙色の痛みに震え伏したる姿がふたつ。ただそれだけの景色が、なぜか私には美しいものとして映ったわけであるが。


 当然のことながら、止まない地鳴りのように鳴り響く歓声は、私も端で控えるばかりの盤上に豪雨が如く降り続いているわけだが……喧し過ぎてかえって静寂にも感じる奇妙な空間に、確かに我らはいた。


 それは、自分と周囲が溶け込んで混ざり込むような、もっと言えば自分と「世界」とが部分部分で融合したかのような、何とも不思議な感覚を及ぼすものであった。


 しばし、その恍惚にも似た感覚に、私は阿呆のように口を半開きにしたまま、ぼんやりと天蓋を見上げたりしてしまうのだが。


「ジローネットよ」


 いかん、数瞬の間とは思うが、意識を切ってしまっていた。すぐ目の前にまで歩み込んでいた姫様が、私の顔を真っすぐに見つめながらそうお呼びになられたのである。慌てて顔を引き締め、姿勢を正す。歓声は未だ鳴りやまずに我々の身体を覆うかのように密であったが、姫様の言葉は私の芯に響いて来た。


「そなたの働き、見事であった。次も頼むぞ。私の『残弾』はあと『ふたつ』しかないゆえ」


 !! ……なんと。そのような勿体なき御言葉を……私は跪き畏まることも忘れ、ただただまた阿呆が如く立ちすくむばかりであるが。


 しかし、姫様の無敵の「DEP弾」も枯渇寸前……私のDEPは先ほど万人に晒したように稚児の如き威力ゆえ、ここからが正念場とも言える。


 電光掲示板に表示されている「トーナメント」と称される試合方式の「山」の、中央やや右に姫様と私は位置しているが、最頂点までは、あと「4つ」の勝利が必要とされることが分かる。少なくとも「四戦」……姫様が残る「無敵DEP」でお勝ちになられても、あと二試合……私が、私が何とかするしかないのであろうが……かと言ってどうしたらよいのかも皆目分からぬ。


 詮無き考えに沈み込む私が良策を捻り出そうと、さりとて枯れた脳細胞からは何も出て来ずに大脳から顔面に至るまで固まってしまっていた、その時であった。


<大ッ!! シャッフルチャ~ンスぅぅッ!!>


 実況の少女の声が、会場内、このホール全体に、観客らの歓声をもかき消すほどの大音声で鳴ったのである。何事かはまだわからぬが、何か嫌な予感だけは脊髄辺りで感じ取っている。


<何と現在残る『14チーム』のうちッ!! 『6つ』ものチームの方々が、棄権しちゃいましたぁ~!!>


 どよめく場内。鈍い私にもはっきりと分かった。これは「運営」とやらの輩の仕組みし事であると。


<よって!! 残る『8チーム』でトーナメントを再構築して、決勝を続行しちゃおうって算段で~す。みんなっ、いいかな~!?>


 その「少女」……声の主が変わっている……? 定かではないがそのような感触を、私の人並み外れた聴覚が感じ取っている。だがそんな私の違和感は、


「……!!」


 次の瞬間来た、雪崩が如くの歓声に埋まり流されていってしまったわけで。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る