#232:剪断で候(あるいは、世界にひとつ/ダメの徒花)


「……『冬場はずっと制服ブレザーの下にニット着込んでたから、春先のその日も付けずに学校ガッコ行ってたんだけど、時ならぬ陽気に尋常じゃなく教室内が蒸してきて、上着脱いだだけじゃたまらず、セーターもえいやとがばと上にまくり上げた途端、ワイシャツの布地に刺激されたのが、汗で肌に貼り付いて二点で保持しつつ透けていた件。早摘みの早熟チェリーふた粒に男子チェリーたちは不思議と平静を装いつつ、誰もそれを注意してくれなかった件』」


 いつぞや姫様の魅せた、ギナオア殿仕込みの「虚偽DEP」。舌足らずな甘い声と、魅惑的に過ぎる蠱惑的な表情のひとつひとつ、そして大袈裟に過ぎる身振りにより荒れ跳ね回る双球の相乗効果も相まってか、会場は一気に爛れた男衆たちの濁った雄叫びに占拠されていたわけだが。


 姫様の手番。と思うやいなや、既に着手は始まっていた。最初ハナからその「残弾」を撃ち放つ御心づもりであったのだろう。案の定それは、途轍もないエネルギーで炸裂したようだ。


<何という……チームでの『落差攻撃』と言いましょうかッ!! 辛いのの後に甘いのん食べると、めっちゃ痺れ甘いよね……を地で行くような、見事な連携プレイッ!! ジローネット選手のDEPは『撒き餌』……だったのかも知れません。だとしたら凄まじいアシストだッ!! これは……これはどえらけねゃあ点数が弾き出されそうです!!>


 実況の少女の絶叫のような、そんな甲高い声が響く中、私はただひとり、あ、いや……特にそのようなことを狙ったわけではないのであるが……との詮無き想いを自分の頭の中に思い浮かべるにとどめている。


 果たして。


<3rd:アロナコ:162,390pt>


 電光掲示板に表示されたのは、まさしく桁の違う、そのような数字であったわけであり。


 奔流が如くの歓声に、姫様はどこか空虚な表情を浮かばせながら、盤面をすたすたと歩き始めるのだが。その先には、開始地点から動いていないままの橙色ヤウチュラがいて、


「な……何だえ? 口惜しいが、もうお前の勝ちは確定してるんだえ? さっさと『中央』の枡まで進んで勝ち名乗りを受ければいいんだえ?」


 慄きつつもそう言ったか言わないかの瞬間に、その両脚の膝辺りを一気に刈り取るようにして、姫様の瞬速の右ローが薙ぎ払っていたわけで。


「『1一攻撃』……」


 およそ感情の乗ってはいない姫様の声が、一瞬で静まり返ったこの大空間に響き渡る。


「な、何だっつうんだガ原だぜぇッ!? 何で狩ろうとしてくんだガ原ッ!? さっぱり分からないガ原ッ!!」


 くるりと方向をお変えになられた姫様は、今度は残るもうひとり、ままならぬ語尾の赤色タカウトンの許へとこれまた凪いだ感じで滑るように歩み近づいていく。


「初手、そなたは真っすぐ『中央』に出向いて、そこで終了とすることも出来たはず……しかしそれをしなかった。おそらくそれはこの『対局』で本気で我らと向かい合おうと考えたゆえのこと。見上げた騎士道……いや武士道ブシドー精神である。であればわらわも、そなたらと向き合い、完膚なきまで伸したのちに勝ち名乗りを受けようと……思ったまでよ」


 姫様の御声が、再び場に歓声を爆発させる。白熱する場内とは逆に、寒さで震えるような仕草を見せる赤色。


「い、いやいやいや……私はただ運営にしょっぱい対局だけはするなと釘刺されてただけガ原だぜ……? そんな、格闘とかでシメようっていう誤ったベクトルは、はっきり有難ガ原の迷惑おウチなんだぜ?」


 そんな困惑まみれの言葉も巻き込むかのように。


「!!」


 姫様の高い打点での右ハイが、赤色の黒いゴーグル辺りに撃ち込まれたことを、私は何とか視認している。


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