#231:送出で候(あるいは、閃空の/超級ミラーボール)


「……『子供こんどもの頃だっど、ポジキ芋すら満足に育たねほんどの、喰らうざモンもままなんね山奥の村だっだもんで、『水汲みに行げ』ちゅう大人おんどらの言葉は、『ひと谷越えた隣村で食いモンちょろかんで来い』っつう意味の命令ゾドモシであった件』」


 前戦であれほどまでの己の醜き部分を躊躇なくさらけ出したる者たちを目の当たりにした。ならば私も、今までおぞましくて怖ろしくて、省みることならなかった、正にそれらの事を……


 さらけ出すべき、と思ったのであった。途端に会場は潮が引くかの如き静寂が広がっていくが。おそらく求められているものとは違うのであろう。だがそれでも、自分と向かい合うことを避けて、


 ……私はもう「平常心」を保つことなど、出来そうもなかったのであった。


「……『運よく王宮に召し抱えられ、仕事らしきものにありつけた私が忙殺されている間に、貧しくも私を育ててくれた母が急な病に侵され、余命わずかにまで落とし込まれていたこと。そのことを郷里から届く手紙に書かれていた息災の旨を何ひとつ疑うことなく一年弱の不精をかまけ、ようよう対面した時には、四十の若さにして骨と皮だけの凄絶なる姿にて伏している姿だけであったこと』」


 途中からは下顎が震え始めてうまく喋れなくなってきたので、その度に自分の拳で殴りつけて、赤いものが混じった涎と共に、言葉は紡ぎ吐いていった。


 静寂。そうであろう。唐突で、わけの分からぬ事をつらつらと。だが自分でもさらけ出すことに心の奥底をねじられ切り裂かれるような痛みと、それが止んだ時に訪れたじわりとした安堵感のようなものに不思議と爽快さを感じていた。


 故郷の、村の高台から、遥けき街並みを俯瞰した時のような。つながってはいないはずの自分以外の「世界」とつながりを感じた時のような。


 もうここには存在しないはずの、母のぬくもりを感じた時のような。


<2nd:ジローネット:10,298pt>


 しかして。評点はやはりの結果であった。そもそも評価など受けようもないことを口走ったのであろうが。何をしているのだ私は。是が非でも目の前の対局に勝利せねばならぬ時であろうに、今は……


<よい>


 そんな、悄然とただ突っ立っているばかりの私の耳に、姫様の御声が鈴の音のように転がり込んで来る。


<……自分と向き合えたのなら、それでよいのだ。吐き戻してから、自分の中にまた呑み込む……そうやって世界と自分を混ぜ込んでいくことが……自分の中心に自分のいる人生というものなのであれば>


 姫様の御言葉は、難解過ぎて私の理解を超えていたものの。


<ジローネット、貴様に命を下す。わらわを……解放せよ>


 その次の命令には即時で反応できた。「2八鎮火」、との言葉を、裂けた唇から放つ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る