♭217:紫紺かーい(あるいは、グローブレイズ/冷めない/ほとぼり)
「!!」
珍妙な
目が合った。目を合わせた。真正面から。いつの頃からお互いの目と目を向き合わせなくなったんだろう。聡太が産まれた時、立ち会ってくれた分娩室で、確かにこの人は私の目を見て笑っていた。安堵と不安がないまぜになったような、それを喜びで包み込んだかのような、そんな目。
いま対峙しているそれは、何だろう、何に彩られているといったらいいのか。私もいま、自分がどんな目をしてるのか自覚出来てないけど。
恭介さんの体は、力が抜けて素立ちの状態だ。その1mくらい前、隣り合ったパネル同士の上にそれぞれが立って、それぞれを直視している。
「若草……」
「帰って」
何か話しかけられる前に、私の方から封じ込めた。そうしないと何かを全部吐き戻しそうだった。
「……若草、僕は」
「じゃなきゃ蹴る。蹴って蹴って蹴りまくる」
話し合うなんてことは到底出来そうにないメンタルだった。今の私は。だから。
「……寄ってたかって私と聡太を弄びやがってぇぇぇッ!! いまさら何だッ!! いまから何をどうしろってんだよぉッ!! ふざけんな、もう全員蹴り潰す。この盤上にいる三人を平等に蹴り鞣して、それでもうこの茶番はお終いだッ!!」
怒りで自分を奮い立たせてないと、立ってることも出来なさそうだった。エヒィ、わちきはただの傍観者ですぜぇぃ……との叫びが
「……もう一度チャンスをくれ、若草」
恭介さんの言葉が、私をどうしようもなく揺さぶってくるのだけれど。でも知ってる。貴方はもう、私を見ていない。聡太の付随物としてしか、もう見ていない。だから。
「聡太は渡さない。私と込みで奪おうったって、そうはいかない」
口をついて出るのは、そんな温度の無い言葉の羅列でしかなかった。でもそれは正しい。私は聡太のおまけなんだ。場は急速に静けさを増していっている。ホール状の大空間には、私と恭介さんしかいないみたいに、恐ろしく静まり返っていた。
「愛している。キミも、聡太も。嘘じゃない」
揺れそうな自分を渾身の力で押し留めながら、冷静に頭を働かせる。私ら対局者の身体に装着させられた「嘘発見機」は、「嘘をついた」と判断した瞬間、えびぞるほどの電撃を浴びせかけてくる。その大前提は常に遵守されていると思われた。でも。
「わかって言ってんでしょ? ……主語を曖昧にできる日本語がお上手なようで。それに、自分の発してる言葉から、自分の感情なんてすっぱり切り離せるんでしょ? ……そのくらいの『技術』は私だって教わってる」
皮肉な顔つきと言い方になってしまうのを、止めることは出来なかった。でも恭介さんのペイント下の顔色が変わるのを、確かにこの目が視認する。
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