♮188:自給ですけど(あるいは、狭間の中で/選び取るは/セグメンタ)


 翼による、諸刃というか、逆刃のようなブーストを受けての現状は、


<東:ガンフ :【3】×2=【6】

 南:アオナギ:(【5】+【5】)×2=【20】

 西:ツバサ :【1】+【2】+【3】=【6】

 北:ムロト :????           >


 アオナギに3倍強のバイアスが掛けられているわけで、これはちょっとばかしの不利なんかじゃあないのでは、と、そんな不安盛りもりな気分になる。と言うか翼……ルールとか把握しろとあれほど……とは言えなかった。僕も完全に失念or軽視していたから。撃ち合う前からそんなに抜けててどうする? 一撃が勝負が決まってしまうこともあるのが「ダメ」の恐ろしいところじゃなかったのか?


 やっぱり今回の僕はぬるいのだろうか。ぬるい思考と決意のまま、この場まで押し出されるようにして来てしまった感じだ。でも、荒唐無稽な「淫獣」の先にあるもの。それがおぼろげながら見えて来たのも確か。心の深奥に突き刺さった、そして自分と同化を始めているかのような「トゲ」を、ぶち抜く、その覚悟はまだ出来ていないけれど、やらなければならない気もしている。仕舞い込んでいた「過去」を、引きずり出して昇華させる。そのために、全力でDEPを放つ。「淫獣」だろうと何だろうと、そこにつながる何かが掴めるのであれば。


現状は厳しい。けど落ち着け。まだ自分の手番はある。ざっと目を通した手元の端末に表示された「役」。その中に、まだ、可能性は潜んでいた。


「……!!」


 あとは自分の引きに賭ける。既にアオナギが晒した牌に2つ使用されている分、確率は低いだろうが……ゼロではない。であれば御の字だ。うおおおお、引いてこぉぉぉぉいッ!!


「……」


 指紋も擦り切れるほどの盲牌を繰り返しながら、手元に引き込んで来た牌を手を返して見やる。


<ムロト選手、打牌を、速やかにお願いしますッ!!>


 実況少女が、ゆるゆるとした動きでツモ牌を手牌に収めた僕に向け、そんな注意を促してくるが。


「……」


 僕の顔に自然と浮き出てきていた「笑み」を、止めることは出来なかった。


 イヒィ、これはどこかで見た事はあるけど、生物としての防御本能で大脳の奥底に沈めていた恐怖の記憶が甦りそうな、そんな根源的なナニかを孕んだ笑顔をここにきて修得しようとしているよ怖いよぉぉぉっ、との実況の叫びを置いて、


「【4】【5】【6】は『倍付け』……ッ!! 【15】×2倍ッ!! さらに翼のブーストを掛けて……僕のDEP強度は、お前を超える【60】だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 手元の三枚の牌を、ザッと場に晒した僕は、そう雄叫びのような声を上げる。ここ一番で引いて来た……薄めのカンチャン【5】をッ!! ドォン、というような、観客席からの歓声のような怒号のような悲鳴のようなものが勢いよく反響してくるのを肌で感じる。


 しかし、両脇のガンフさんと翼が固まった顔面で歯をガチガチ打ち鳴らす中、対面のアオナギだけは、何故かまだ余裕の笑いを見せていた。3倍、僕の方が有利なのに……それほどまでに、この男の底は深いのか? そんなイメージ無かったけど、いや、前の大会では、まるっきり本気を出していなかったのかも知れない。いやいや、一回だけ無かったか? その言葉に、外野の僕まで心震わせられた時だ。思い出せ、その時の予選決勝、奇しくも今、卓を囲んでいるガンフさんとアオナギの一騎討ちの対局を。


 自然体のアオナギ。それはふとした時に垣間見える。ただその状態でDEPを放ったことはほぼ無かった。それを……全力で抜いてくるのか?


 優位に立ったものの、まったく余裕の無い僕は、目の前のうすら長い顔をこわばった顔で見続けることしか出来ない。


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