#164:制動で候(あるいは、秤かけ/決なる/グラビティオ)


 応えねば……っ、答えねば、自走吸着式の地雷に組みつかれて私は爆散するであろう……


「……」


 突きつけられた唐突不条理な状況に、完全に顔面と脳髄は固まったまま、それでも私は思考を最大速度で巡行させるのだが。


 しかして。姫様がそのような思いを、私が如くの下賤者に向けられるなど。ありうるのであろうか。いや、ここなる最終場へと至るまでの予兆など、あっただろうか?


 ……あった。


 私がモクと親しげに話している時に限って、この背中に落とされた痛撃の踵。時折私に向けられる、侮蔑と恥辱とあと何かが入り混じったかのような表情と物言い……そうだったのか。そうで、あったのか……


 姫様の想いは唐突ながら、私にとっては、まごうことなく光栄なことではある。しかし、私にはもう、心に決めた女性ひとがいるではないか……迷うことなど何もない。そのことを告げて、本件を速やかに終結へと導く。なぜならば、未だこの「最終予選」は終わってはいないのであるから。本質を見失ってはならぬ。他ならぬ、姫様のおばば様のために。


「……私は」


 しかし、情けなきことに私の喉奥から放たれし言葉たちはそこで引っかかったかのように途切れてしまった。姫様の潤みを帯びた黒き大きなる瞳が、私の眼を真っすぐに見つめてきているからであった。この困難なる事態をすり抜ける、乾坤一擲の策は、無いのであろうか……


 この場だけの言い逃れ、それは出来ない。私の身体には今も「嘘発見装置」なる代物が噛ませられており、「嘘を口にした」と判断された場合、全身がエビ反るほどの電流が襲い、そこで「失格」になるとも聞いた。


 大命題を果たしてない状態で、そのような事態を引き起こすこと、それは罷りならん。かと言って、本当のことを阿呆のようにのたまえば、姫様の無慈悲なる蹴り技が、私を、魂ごと刈り取ってくるのではないであろうか……


 八方塞がり。そのような状況に落とし込まれるとは。どうすれば……いったいどうすればいいと言うのだっ。


 打開する策はただひとつ。


「私は、」


 正直なる心で、姫様の想いを。


「……姫様を、誇りに思います」


 姫様の想いを眼前に置き、向き合い、己の心情を掬い上げるまでよ。


「姫様は私にとっての太陽であらせられますれば、」


 目の前の姫様の御顔が、一瞬ゆがんだように私の網膜は捉えた。しかしそれを私はすぐに大脳の片隅へと追いやり、言葉を紡ぎ続ける。


「……」


 しかし言葉はそこで止まってしまった。不安げに私の眼を、心の奥底を覗き込んでくるかのような姫様の視線。私は自分の両の眼に殊更に力を入れると、肚底から熱した吐息と共に感情を押しこごめた声を放つ。


「……我はその影。姫様の守護者たらん。如何なる災難からも貴女を陰からお護り申し上げる。例え、姫様がどのように思われても」


 何と言うか、義理を通した、そんな感じになってしまったが。


「……」


 蹴撃二発くらいは覚悟を決めていたが、姫様は何かを言おうと口を少し開きかけ、


「……ばか」


 ひとこと、その麗しき唇を動かさずにそのように呟くと、次の瞬間、


「ならばわらわを守護せよ。大儀を果たすために」


 表情を消し、そう言い放たれる。これで良かったのかどうか、私には分からない。分からないが……今はただ前に進むべき。そう言い聞かせ、歩き始められた姫様の背を追う。


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