#159:周径で候(あるいは、グラナダ/君はフーアーユー)


 何と。我が眼前に広がりしは、柔らかな葉がしな垂れかかる、ほどよき湿度を保った森林の模様であった。つい先ほどまで確かに室内のホールにて台の上に立たされ、腰辺りを固定されていたというのに。


「……」


 いまやそのような体の圧迫感も無く、本当に屋外の自然の中に放り込まれたかのような、空恐ろしいほどの現実リアルを感じている。これが機械の為せし業であるのならば、日本ジャポネスの技術は行き着くところまで進んでいると思われるが。小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、緑の鮮やかさ、土のにおい、肌に感じる冷ややかな空気。五感全てを欺かれているかのようで、それを「仮想」であると認識すると、かえって気分が悪くなりそうだったので、私はもうそれらすべてを受け入れることとした。


 それより何より、この場で不用意に無警戒に留まっていることが、すなわち危険へと繋がりはしないだろうか。私はなるべく木々が生い茂っているところまで姫様を促すと、屈んで身を隠すことに努める。辺りに動くものの気配はない。だが不気味だ。不気味な静けさである。


「……先ほど共闘を誓った者たちとは離れ離れになってしまったようだな」


 然りであり、想定外のことでもあった。我々の利点は頭数だけであったというのに、それがあっさり瓦解してしまっている。ぬう……どこまでもこちらを嘲笑ってくるような所業である。いや、落ち着くのだジローネット。平常心こそが活路を開く。姫様を見よ。いまこのような状況に落とし込まれながらも、その御顔には表情の一筋も浮かんではいないではないか(それはそれで凄まじい静の迫力ではあるが)。


 姫様はその華奢なる御手に、シンプルな形状フォルムの拳銃を握られている。しっかりと保持してはいるものの、どことなく違和感のあるその御姿。やはりこのような物騒なものを持たせるなど、極めて不敬である。ましてや撃たせるなど。


 ならばこの「対局」とやらは、私が姫様を護衛しつつ、不逞の輩どもを撃ち倒していくしかないだろう。私の選択した「武装」は「狙撃銃」。射程距離の最も長そうなものを選んだ。私の鍛えし視力をもってすれば、豆粒ほどにしか互いに見えぬ距離としても、その眉間を撃ち抜くことは容易であるからだ。しかし。


「……」


 鬱蒼と広がる木々に遮られ、視界はほとんど手を伸ばすほどの範囲しかない。これでは狙撃も何もない……戦場フィールドがどのような所であるといった予備情報は無かったとは言え、選択誤まてり。私も表情を失いながらも、何とか状況を打破せし策を紡ぎ出さんと脳髄を絞り上げるように思考を始める。


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