♭109:開闢かーい(あるいは、サイマー/前座/トラディショナル)


 だだっ広い会場は、サッカーのグラウンドそのものであって、ああー、今回はこんなんなのね……と、遥か昔にも思える数年前の「大会」に思いを馳せたりするわけだけれど。いや、馳せてる場合でもないか……


 何の説明も無く、このいきなりの鉄火場に放り出された私らだったけど、要は「シード」扱いされているかと思いきや、その実「ハンデ」をかまされているわけであって、「試合」が始まってある程度経ってから、ようやく遅ればせながら参加と相成ったと。


 平気でこんなことをしてくるのが、このダメの運営のやり方だったわ……と、そんな詮無きこともようやく思い出してきたわけだが。いや、そんな思考に浸っとる時間も無い。


 「一次予選」は「先着1600組」が通過、と言っていた。結構な数が次行けんじゃん、とか呑気に構えていたけど、この緑色の人工芝のフィールドに蠢く「参加者」たちは、どう少なく見積もっても5、6000人は芋洗うようにひしめいている。さらにさらに、フィールドに繋がる四方の出入り口は、敗れて退場していく者が吸い込まれていく一方で、新たなる挑戦者、みたいな有象無象どもが連綿とフィールドへと吐き出されいくのも見て取ることができるわけで。


 何人おんねん。


 先だっての大会とは比べものにならないほどの、参加人数だ。まあ、前のは「女性限定」「格闘込み」みたいな制限があったからこその、あの小規模な人数だったのだろうと推測する。反して今回はもぉう、わやくちゃだ。これぞ混沌、みたいな、ダメの本質はこれなんですよ、みたいな、うんざり食傷気味のこっちに向かって、まだ血の滴る何かを突き刺し突きつけてくるような、そんな押しつけがましい「それらしさ」を提示してきやがるわけなんだけど。


 そんな真顔になっている場合でもない。フィールドぐるりを巡る観客席は未だ人影はまばらなのだけれど、その背後に設置された巨大な電光掲示板には、


 <1193/1600>

 

 との数字列が明滅しているわけであって、それはもう紛れも無く、現在の「通過者数」なわけだろう。すなわち約4分の3の席が既に埋まってるってことであって、こりゃのんびりしてる暇はほんとにないわ……


 大雑把に説明された「ルール」では、「2勝勝ち抜け/2敗負け抜け」みたいなことが示されていた。意外に危険な方式だ。「一敗まではしてもいい」という心理がいやが応にも働きかねない。そんな中途半端な心構えこそが、こと勝負事ではいちばん危ないのよね……ふぬけた考えで臨んだら、あっという間に二タテ喰らって失格だろっつうの。


 よって、私は最初から全力で行く。隣で周りを睥睨するように視線を配っている主任も、穏やかな空気を身に纏いながら、その目は垂れ下がってはいるものの猛禽のそれである。あんな目で見つめられたら……っ!! いやそんな事も思とる場合やない。


 初っ端大事、いちばん大事、みたいに念仏のように唱えながら、私も眼力を用いて獲物を的確に見計ろうと周囲に視線を飛ばす。最適な相手……それだけを捉えるんだ……!!


 その時だった。


 全・神経を尖らせて周囲が引くほどの顔貌を晒しているだろう私に、ふいと後ろから声が掛かったのである。


「ククク……水窪ミズクボ若草ワカクサ……ここで会ったが百年目よぉぉぉうッ!!」


 若い女の声だが、そこにはモノホンの何かが編み込まれているわけで。というか該当者多すぎて、誰だか絞りこめすら出来ないんだ↑が→


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る