#108:煩悩で候(あるいは、エナジーイコール/エムシー/キュービズム)


 瞬間、確かに周囲の音はかき消えた。


 いや、音だけにあらず。「フィールド」に満ちてうごめく参加者たちの雑多ないでたちの色彩も、むせかえるように流れ揺蕩う雑多な体臭や香気フレグランスも、さらには世界の時の流れをも、その時、私の脳は感知しなくなっていたのである……


 真空のような、宇宙空間のような、そのような場に、姫様の普段とは異なる、平坦で無感情ながらも、どこかこちらの琴線を震わせて来るような、何と例えてよいかは分からぬが、「甘さ」のようなものを含んだ、そのような言葉が紡がれてくる。

 

「……『去年のビキニでいっかーとか思って、スナイデルの真っ白なクロスホルターで由比ヶ浜に繰り出したんだけどー、どうも一年における成長が著しかったみたいでぇ、ナンパしてきたサーファーたちとビーチバレーに興じていたら、巧みなブロックのその瞬間に私の双球ヴァリボーがひとり時間差で左→右の順に勢いよくまろび出たっていう、そんな話。その後は前かがみになった男たちのレシーブのみのしょっぱい試合ゲームになった件』」


 全一何此ナ・ンゾコ・ルェ


 姫様が撃ち放ったDEPは、私の些末な想像の次元を、幾重にも超えておられたわけで。さらにDEPを紡ぎ続ける間も、蠱惑的やら恥じらいを見せるやら、くるくる変わる表情でこちらを萌やし尽くさんがばかりに魅了し続け、挙句、動く度に秩序なく薄布の下で跳ねまわる双球を抑え込まんと両二の腕で挟み込みつつ却ってその存在を強調したりと、暴虐の限りを尽くすのであった……


 相対していたゴミ輩と、その隣で弛緩していたもう一人の双方の顔が、一瞬にして蒼白と紅潮のはざまのごとき、なんとも形容しがたき色に変わるのを知覚する。そして二人共が揃って腰を折った姿勢へと移行していくのも見て取る。


 <後手:134,087pt>


 我困惑也ア・ルエェ


「お、おかおかおかしいぜェッー!! 『10万以上』の評点なんざ異常ッ!! バグ入ってんじゃねえのかよぉッ!!」


 ゴミなる者のどちらかがそんな非難めいた怒声を荒げるものの、


 <……評価者ひとりに付き『10pt』が割り振られていますが、それ以上の『評点』を付けることも可能です。『1pt=1,000円』で販売しております>


 「バングル」から聞こえてくる合成のような音声は、冷静にそう告げて来る。


「お、おおおい、『60,000ボルティック』以上の差なんて聞いたことねえぞおっ!! とりあえずこの対局は棄権するほかねえって!!」


 傍らのクズなる者がそう、説得せんとゴミの輩の肩を揺するが。


 <申し遅れましたが、『平常心』が『400%』乖離した場合も、『40,000ボルティック』相当の電撃が炸裂いたしますので、お気をつけくださいね>


 刹那、であった。


 あはたいけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ、なる叫び声が、ゴミとクズの双方のみならず、我々の周囲で巻き起こる。


「……!!」


 姫様を爆心地と仮定し、半径約15mほどの円内の男衆の煮凝った呻き声が断末魔のように尾を引いて響き渡り、ばたばたと倒れ伏していく様を驚愕の思いで見つめる他、私に出来ることなど何も無かった。


 <No.11689:121勝0敗にて、一次予選通過>


 周りのどよめきを物ともせず、いくぞ、と低い声でそうおっしゃると、姫様は踵を返し、倒れ伏す屍を乗り越えて次なる場を目指し歩みを始める。


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