#107:究極で候(あるいは、すべからく/統べらし/燦然ワールダー)


 周りの喧騒も、少し遠ざかったかのように感じられる。巨大なホール状の「会場」のそこかしこで「対局」は既に佳境を迎えており、我々もそれに追随していくことになるのだが。


 <先手:No.08224:着手>


 我々対局者が左手首に着けし「バングル」の液晶に、そのような文字が流れる。相手が手番ということであるか。


 弛緩せし顔の若い輩は、姫様を見くびるような目をしたまま、右手グローブを臀部へ、そして左手首を掲げるようにてこちらへ。これが正統なる「対局姿勢」とやら、らしい。何とも言えぬ恰好ではあるが。


 ―第一予選はオーソドックスな『DEP撃ち合い』だそーだ。然るべき筋からそんな情報は掴んでいる。


 前日、ホテルの一室で放たれた、ギナオア殿の言葉が頭に蘇る。万全の準備を施したき我々に、微に入り細を穿つ情報・助言を与えてくれたのだ。


 ―大将、DEPに関してはお前さんに言うことは何も無え。ただただ己の中に燻る、滞る、積もる、固まる何らかを言葉に……『日本語』にして吐き出しちまえばいい。唯一、気を付けなければいけねえのが、『嘘は御法度』、それだけだ。


日本ジャポネス語」はアドバンテージ。『世界大会』と称しているものの、対局者の大半は日本人だそうだ。評価者もそうであるがゆえ、相手に直接突き刺さる言語が好ましいとのことである。


 しかし、私は独学ではあるがその言語をかなり流暢に喋ることが出来るものの、姫様はそこまでままならないはず。亡き妃殿下様も、姫様とはボッネキィ=マの言語でお話されていた記憶がある。言語の壁、それをどうすると言うのか。


 ―姫さんはよぅ、類まれな『記憶能力』があるそうじゃねえか。そいつを利用する。


 ギナオア殿はくっくと笑いながら、そのようなことを述べた。確かに姫様は一度目にしたものを「画像」のように自らの頭に取り込むことが出来る。それは確かに得がたき能力。しかし記憶するだけでは……おいそれと言語を話せるまでには至らぬのではないか、と私は思ってしまったのだが。


 ―こいつを全てインプットしてくれや。その上で抑揚やらを指導するぜ。それで姫さんの『武器』は装填完了ってわけよぉ。


 ばらり、とギナオア殿の骨ばった手に握られた紙の束、それらが並んで腰かけていた姫様と私の目の前に突きつけられる。


 そこにあったのは、かなり角ばった悪筆であるものの、読めなくはないアルファベットの連なりであった。びっしりと紙一面を埋め尽くしている。


 ―これが俺の考えた強力な『DEP』ちゃん達よぉ。弾薬は俺が精製する。姫さんはそれを力の限り撃ち放つ、それだけの簡単なことさ。


 !! ……何と。しかしひとつ引っかかる。ギナオア殿が作りしそのDEPは、姫様の「実体験に基づいたもの」なのであろうか……? そのようなことをギナオア殿が知りし機会など無かったはずであるが。ではまったくの作りもの? しかし「嘘は御法度」と自ら警告していたが……ハッ!!


 思考を巡らし、ある結論に至った私を見やり、ギナオア殿はもとより曲がりし長細い顔面をさらに歪めると、こう言ったのであった。


 ―姫さんの武器はなあ、『類まれな記憶能力』プラス、『日本語を解さないこと』にあるんだよなあ……大将は気づいたようだな。そうよ、自分が嘘と自覚しねえ限り、嘘は嘘じゃねえんだ……


 そのような、そのようなことが通用するというのか……!? しかしそれが通るのならば……凄まじいことに……なるッ!!


 ―『究極アゥティメ・錬金アゥケミー』。こいつが必勝に連なる、俺達の策だ。駆け上がろうぜ、高みにまでよぉ。


 非常に悪党じみた顔でそう言い放った言葉に、しかし私は得も言われぬ昂揚を感じいったわけであり。


 ……意識がこの場に戻って来る。局面は粛々と進んでいたようだ。いかんいかん。


「先手」が何を言ったのかは聞こえなかったが、バングルに表示された評点は<72,888pt>。「10万pt」が最高と説明されていたから、なかなかのものと言えなくも無い。


 否、言えなくも無くも無い。ギナオア殿の「策」が為せれば。姫様の「能力」がいかんなく発揮されうれば。


 さあ姫様……思う存分、撃ち放ちたもうッ!!

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