#104:亀裂で候(あるいは、ブラン/NOディッシュ/戦が原)


 いきなり豪奢な空間に誘われ、しばし硬直してしまうのだが。よく見れば慣れ親しんだ王宮の雰囲気に似ていなくもないことに気付き、気を落ち着ける。多少、猥雑な感じもしなくはないが。いと高き天蓋には煌いて輪郭すら掴ませないほどの巨大な光の群れが浮遊している。


 途方も無い行列に並ぶのかと思いきや、ギナオア殿の顔利きだとかで、数分もしない内に会場のこの場所へと案内された。うむ、もうこの御仁に任せておけば、全て大丈夫なのではとの気分にさせられる。


 戦いの場……とのことだったが、あまり緊張感やら殺伐とした雰囲気は感じられない。結構な広さの空間には、まばらに人々がそれぞれくつろいだ様子で散見されるばかりである。


 どうやら知り合いがいたようで、懐かし気にその方たちの許へ向かっていったギナオア殿であったが、黒いスーツと藍色のコートに身を包んだ妙齢の美女から唐突に蹴りを貰って蹲ったりしていた。


 何とか立ち上がり、撃たれた右脚を震え引きずりながらもこちらに戻ってきたギナオア殿は、こちらに顔を寄せてくると、まずいことになった、と一言、低き声でそう呟くのだが。


「ぶっちぎれたのが二人揃って健在と来てやがる。大将、あの『少年』じみたのと『女郎蜘蛛』じみたのの顔を網膜に焼き付けるんだ。予選では万が一にも当たっちゃあなんねえ」


 背後を肩越しにちらと見返りながら、私に注意を喚起してくるギナオア殿。「少年」……と称された方は、耳が隠れるほどの茶色い髪を垂らした、中性的な顔立ちで、中肉中背といった感じであろうか。服装も淡い黄緑色のようなセーターと淡い色のジーンズを身に着けており、あまりこれといった特徴をこちらに訴えかけては来ない。


 いや、それこそが、「この場」においては「強い」ということに、なりはしないだろうか。ギナオア殿からほんの簡単なる手ほどきを受けただけの私なれど、何となく「ダメ」と称されるものの本質の欠片が見えて来たような気がする。


 要は平常心。平常なる心にて、落差の激しき「DEP」を撃ち放つ。それこそが、極意なのではないであろうか……


 そんな考えを巡らせていると、今度はその横の「女郎蜘蛛」と称された細き女性と目が合う。少し怪訝そうな目つきに変わったが、その切れ長の目は常に蠱惑的な何かを孕んでいるように見受けられた。ずっと見ていたら、引き込まれそうな目である。私は慌てて目を中空へと逸らす。


 とにもかくにも、「要注意人物」の顔は、しかと覚えた。


 ならば後は、まずは予選を……何とかして切り抜けるまでよ。


 そんな熾火のような闘志を揺らめかせた、その瞬間だった。


 <ただいまより、シード選手たちが、フィールドに解き放たれますッ!! 皆々様方、敬意と脅威をもってお出迎えくださいませね!! それではっ、開★門ッ!!>


 アナウンスと思われる若き女性の声がこのホールの上方から降り落ちて来た。と同時に、今まで壁だと思っていた奥側の一面全体が、扉が如く向こう側に静かに開いていったのである。同時に、こちらの目を刺す強烈な光と、怒号のような音の塊が我々を出迎えたわけであって。


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