♮076:奏鳴ですけど(あるいは、プレリューディック/挿句/走駆)


 逢流おうりゅうさんは、元気にしているだろうか……


 豪放磊落なその髭ヅラ、筋骨隆々の身体に纏ったミニのセーラー服……その脳髄に直に叩き込まれるようなその姿は、鮮明に僕の頭の中に残っていたわけだけれど。


 そんな事を思い浮かべている間に、木製の巨大な扉がこちらに向けて開かれてくる。そこから顔を覗かせたのは、赤いバンダナを頭に巻き付けた、山男を地で行くような赤く灼けた髭面。オーリューさん。変わってないな。その満面に浮かべた豪快な笑みも前と同じだ。


 ……さて、まあそこまではいい。問題は首から下なのだが……僕は右人差し指を立てて自分の左胸辺りを軽く叩いて衝撃に備えておく。


「おおう!! ジョリーにムロト君か。あれムロト君がふたり……?」


 僕のことを覚えてくれていたみたいだ。目をしょぼつかせながら凝視してくるので、隣でぼんやりと立っていた翼を紹介する。そして果たして。


「……!!」


 ずいと扉の陰から姿を現したオーリューさんは、目に鮮やかな純白のウェディングドレスにその巨体を包んでいたわけで。筋肉で内から盛り上がった首から肩はレース地で覆われ、その下はすっと落ちて本来なら流麗なくびれと広がりを見せるマーメイドラインを描くのだろうが、今は鋼のようなごつごつの鍛えあげられた下半身をぴっちり明確に浮き彫りにしているばかりなのであった。マーメイドというよりはガーゴイルのような佇まいである。


 うん。まあ二回目なので初太刀よりは踏み込みが浅く済んだ。翼はというと、こういうのもあるんか……と、妙に思案気な顔でふむふむとのたまっているけど。いや何を参考にしているの。


 玄関ホールへと通される。下足を脱いで上がったロビーは結構な広さで、朝日を受けた低いソファセットが窓際にふたつ並べられているのが見える。板張りの床の上には毛足の短い灰色のカーペットが張られていて、壁の木そのものの色と相まって、何というかとても落ち着く空間だ。


 以前訪れた時はそこまで気持ちも時間も余裕なく、作業場の方へと直行していたから、改めて、ああ何かいいな……サエさんとここに泊まるのもいいよな……などの呑気な思考がふわふわ浮かび上がってくるが。


 ……そういや、連絡してない。


 怖ろしいことにようやく気付く。昨夜の仕事帰りからこっち、何も彼女に告げていない……あかん……


 震える手で何とかスマホを取り出して立ち上げると、着信履歴やメール、その他あらゆるSNSの通知が画面を埋め尽くしていて、いくらスクロールさせても終わりが見えない……


 何か間近でカチカチ音がすると思ったら、僕の小刻みに上下する上顎と下顎が奏でるハーモニーだった。最適解を求め、僕は真顔で思考を回転させることを強いられる。


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