♮077:立案ですけど(あるいは、久方の/光のどけき/ムーランルージュ)


 謝罪と弁明は、二十分余りで何とか収束に持ち込むことが出来た。


 ―べ、別にあんたに早く帰ってきて欲しいとか、そんなんじゃないんだからねっ。


 ……愛する恋人サエさんから、この言葉を引き出すまでに、僕はありとあらゆる手練手管を弄し、浮気では無いという「証人」として翼やらジョリさん、果ては逢流さんまで、カメラの前に2ショットで映り込まさせるという首実検をさせられたわけで。


 ごっそり削られた体力を回復せんと、ロビーのふかふかな布張りのソファに沈むように体を横たえる僕。まあ……お前も大変なんだな、と横に腰かけてきた翼が何かを含むような言い方をしてくるけど、お前には言われたくない。


 しかし着いて早々、部屋にも向かわずにロビーを占領しちゃっているわけで、いかんいかんと気を取り直し、車から荷物の運び出しを始めたジョリさんを手伝いに、翼を促してまた外に出ようとする。と、


「!!」


 玄関ホールへ抜けようとしたところで、こちらに入ろうとしてきた女性とぶつかりそうになった。うわぁすみません、と慌てて身をかわす。


「申し訳ございませんお客様……」


 何とか接触せずに済んだ僕とその女性……即座に丁寧に謝られたわけだけど、一瞬後、顔と顔が合うや、ヒッ、ムロトミサキ……と僕を知っているかのようで、顔と体を強張らせてくる。ん? 僕の背後から何事かと翼が顔を突き出すと、ヒッ、ムロトミサキが二人……とさらにその女性は体をのけぞらす。


 真っ青な、いやエメラルドグリーンに近いかな? 龍の紋様が散りばめられたミニのチャイナドレス。そこから伸びる脚は肉感的ではあるものの、何か鍛え上げられたしなやかな筋肉もその下に潜んでいそう。切れ長の瞳は物憂げな感じを醸し出してはいるものの、引き込まれそうにエキゾチックに魅惑的だ。そして、


 目が行くのはその美麗な小顔の横に垂らされ展開している結構な径の金髪縦ロール……、もあるけれど、頭に三角巾のように巻いた紅いバンダナだ。逢流さんとお揃い……もしかして……


「ユっちゃん、作業場を開けといてくれるかい?」


 フロントデスクの中から逢流さんがそう声を掛ける。はぁい、とそれに軽やかな声で応えると、「ユっちゃん」と呼ばれた線の細い女性はくるり踵を返して奥へと消えていく。


「アレって……」


 車から積み出したどでかいミシンのケースを軽々と抱えつつ再びホールに戻ってきたジョリさんがその姿を見つつ、珍しく驚いたような顔を見せるけど。


「ああー、俺も遂に所帯を持ったってそういう話だ。参ったな、何か照れくさい」


 言いつつがしがしとその赤いバンダナあたりをごしごし無骨な指でこする逢流さんだけど、いや、めでたいことではないでしょうか。


「あれって……あれユズランでしょ? 変わったわねぇん」


 ジョリさんはその女性を知ってるようで、しきりとふんふん言ってるけど。それより「作業場を開ける」って、何か仕事があるのでしょうか。と思っていたら。


「……考えたんだけどぉん、今回の『勝負服』はムロっちゃん自身が作ってみない? っていう話ぃん」


 ジョリさんがそう軽い感じで提案してくるけど。えええっ!?


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