♭066:決別かーい(あるいは、芯空の/リベルナータ)


 空はこんなに青いと言うのに。なぜか安穏ほのぼのとしてて然るべき、休日昼下がりの動物園というピースフルなシチュエーションの場に、これでもかの鉄火場が差し込まれておる……


 差し込んだ当の本人が言うのもなんだけど。いや、この諸々のことは池田発のことと遡っては推測するわけであり。それよりも。


 化けの皮は剥がれちまったよ。もうこうなったら「ダメ」のやつでカネを得るしかねえよ……しかし、「勝った方が主任を得る」と言ってしまったけれど、私が主任と組むということは最早絶望的だ。本性を、見せてしまうから。いや、もう隠すのも限界だから、そこはもう、暴露するまでだわ。


すべては失われてしまうけど、仕様がないよね……適当な相方をこれから見つけるか? でもおいそれとはいないよね……近場にいても困るけれどね……


 「不気味谷・白目」という殺傷能力だけが増した表情を晒しつつ、私は絶望の淵も淵で何とか爪先立って両腕をぐるぐる回すことで滑落を免れている状態にあることを自覚する。だがもうここまで来たらやるしかない。


「主任」


 残った最後の理性を振り絞り、私は愛しい人の名前も満足には呼べずに、そんな役職を呼称するばかりではあったけど。心の中の中は、泣きたいような叫びたいような気分になっている。


 ど、どうしたの水窪さん、と、それでも私を気遣うかのような優しい言葉を振り払うかのように、私は言い放つ。


「私は実は『ダメ』経験者なんです……最後わやくちゃになっちゃったけれど、先の『女流謳将おうしょう戦』においては、結構いいところまでいったんです……でもそれは『格闘』と、忌まわしい自分の過去を吐き出す不幸話に終始したばかりであって……だから主任のおっしゃられていたような『才気』のようなものは本当に無いんです……ですから私のことはお忘れになって、そこの条例いは……池田さんと『大会』に出てください」


 何とか、切なげな顔は作れた。主任は言葉を失って立ち尽くすけれど、聡太をちょっとお願いします、とその許に、ソフトクリーム、食べてもいいよ、と息子の小さな背を押しやる。


 そ、そふふくりーむ? あの? と驚愕と興奮を隠しきれなくなった聡太に手を引かれ、主任はこちらの様子を気にしつつ振り返りながらも、その姿はだんだんと小さくなっていく。


「……おう、対戦ツールぐらい持ってんだろうが、はよ出さんかい」


 それと同時に逃げ出そうとしていた池田の首に腕を巻き付け引き寄せると、私はその脇腹をごつごつと中指第二関節を尖らせた部位で刺激しながら、ドス声にて催促する。


 がひぃぃ、ええと、貴女さまが身を引く感じに思えたんすけど、じゃあ今からやるこの対局は何って話なわけでして……との言葉を何とか放つ池田の耳元で、


決着ケリつける言うてるやろ。ケジメは取らしてもらうさかい」


 エセなる言語にてそう呟く。お前だけは……お前だけは抱いて堕ちてやる……


へぎぃぃ、「格闘」は無しの方向で、無しの方向でお願いしますぅぅぅっ、との泣き掠れ声を放ちながら、池田はトレンチコートの懐から、スマホをぶるぶる震える手で取り出すのだけれど。


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