♭063:緑風かーい(あるいは、イッツァ/セイモー/イライザ)
逡巡の果てに、とりあえず視認はしておこうとの結論に至った。今後また付きまとわれるのであれば、人相風体は通報の際に必要になるものね……
「……」
そんな思いで左後方へ振り返り見ると、そこに立っていたのは、綺麗な黒髪を肩下まで垂らした、若い……二十代くらいか、の線の細い女性だった。あれ意外。大振りのごついサングラスでその小顔を覆うようにかけているけれど、鼻筋、口許は整っていて、ぱっと見の美人さんと思われる。
「ふふふ……
しかし、紡ぎ出される言葉はモノホン濃縮果汁100%の漲り方だ。それにこの陽気なのにベージュのトレンチコートと黒い中折れ帽を装備と。対峙するだけでいやが応にも周囲の視線とヘイトを集めてしまう雰囲気を濃密に身に纏っている。
晴天昼下がりの動物園に、不穏な空気が立ち込め始めている……というか、早いとこどうにかしないと、主任と聡太が戻ってくる。ひと目ダメ関連と思われるこの女に絡まれているところなど、見せたくない。
瞬殺。ならば、やるしかない。
「……名ヲ……名乗レ……」
懐かしい感覚が甦って来る。顔面の全・筋肉が弛緩し、全・毛穴が開いたような、そんな感覚。掠れた声でそのグラサン女を睥睨すると、はぎぃぃぃっ、ヒトの顔をしていないよ怖いよおぉっ、といきなり可憐な少女風の物言いになってそうのたまった。
質問ニ応エヨ……と地底から響くような、周囲には響かせないような音声をだらりと開けた口から続いて絞り出すと、エヒィ、い、池田リアですぅぅぅぅ、との鈴の鳴るような返答が為された。かわいそうなくらい全身を震わせている。
敵意・戦意みたいのが一瞬で霧散したのを感じ、あんた何か無理してない? と、はうはうくらいしか言えなくなっているその池田と名乗る女を取りあえずベンチに座らせ、私もその隣につく。
帽子とサングラスはいかにも目立ち過ぎるので早急に取らせると、その下からは想像通りの結構な美形が姿を現したわけで。何というか、守ってあげたい感を謙虚に、しかし厳然とあざとく前面に押し出してくるような、そんな顔貌。思いつめたような大きな瞳で目の前のテーブルのカラフルなランチボックスに視線を落としているけど。やっぱり何か無理してない?
「何らかの事情があれば、話してみれば? まったく力にはなれないけど」
しょうがないので持参した水筒に淹れてきたローズヒップティーをフタに注いで渡してやる。この女、池田からは先ほどまで発していた「ダメ不穏感」とでも言うべき禍々しいオーラは今や完全に消え去っている……あ、おいしい、と小声で囁き、礼を言われた。悪い奴じゃなさそう。でも、
先ほどまでとは異なる不穏さが私の中で渦巻いて来ていた。これは一体……これは一体何だっていうの?
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