♭060:万端かーい(あるいは、あっさり/さっくり/アスタリスカ)
主任の乗ってきたのは、メタリックなベージュと表現したらいいのだろうか、そんな高級感と洒脱感を醸してくる色の、大きめなSUVだった。全体的に丸みを帯びつつも堅牢な感じでまとまったデザイン。へぇーどこのだろ、とフロントに回ってエンブレムを確認したら「VOLVO」やて。恥ずかしながらカクい時代のしか知らなかった私は、時代って流れるのね……とのどうでもいいような思考に包まれているけど。いや、本当そこはどうでもいいわ。
当の私の本日の装いは、目の覚めるようなレモンイエローの、袖にボリュームを持たせたニットに淡い色目のくるぶしまでのデニム。足元は黒のぺたんこのパンプス。シンプルが最適解、との信条のもと、しかしVネックの胸元はわざとちょっと前にたるませ気味にして、そこにゴールドの細いネックレスを垂らしてみた。たぶんちらと覗くであろう下着の色は情熱のラベンダーよぉん、のほほほほ……
……高笑いしてる場合でもない。
全然大丈夫ですぅ、ほら聡太こんにちはして、と、本人が気に入っている中では割と見栄えのするサーモンピンクのパーカーと縦じまのズボンを着させた若干緊張気味の息子を前に押しやる。
こん、にちは……とあらぬ方向を向いてだったけど、よし、よく挨拶してくれたッ。手にはここ数日共にいるウレタン製の水鉄砲を握ったままだけど、おっ、かっこいいの持ってるな、と主任はそれにうまく触れてくれた。でも、うふふ……おかあさんはおっぱいのさきがじゃくてんで、これでうつと、きゃんっていうんだよ……とのコケそうになる発言に主任も一瞬固まってしまうのだけれど。まあとにかく人見知りせんでくれて良かったわ、と安堵する。
「チャイルドシートは借りてきた。おふたりは二列目に乗ってくれるかい」
何と。そこまで気を遣っていただけるなんて。開けてもらった後部座席のドアから見える内装は、おおぅ、薄茶のレザーのシートがラグジュアリックぅー。そして右ハンドルの運転席の後ろの座席には、おっしゃられた通り、子供用のシートが既に取り付けられていたわけだけど、進行方向の逆側を向いてるのね。何か見たことあるー。
おかーさん、これはだもるかんのせきだね……と、いまハマりかけの戦隊モノのロボか? に乗ってるかのように、神妙さと昂奮を秘めた表情でしっかりと座る聡太。シートベルトを装着っ、と言いながら締めてあげると、せっさーとの掛け声が返ってくる。何でもいいけど、大人しく座ってくれたことに感謝だわ。私もその横の席についてきちんとベルトをつける。
「じゃ、出発します。聡太くん、アユレディ?」
主任が後ろを軽く振り向いて悪戯っぽく言った言葉に、ごー!! と聡太と私の声が重なる。
完璧に過ぎる滑り出しで始まったドライブ。先に潜む不穏感など見ないようにして私たちを乗せたクルマは湾岸沿いの道を走り始めるのであった。
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