♭011:適応かーい(あるいは、ブラボー、Myブラボー)
地下の駐輪場から、なだらかながらそのぶん距離も結構設けてあるスロープを、電動自転車の力も借りつつ、えいこらと何とか登りきる。途端に吹き付けてくる強い風。うっすらと潮の香りがするのにはもう慣れた。
お台場って、正直住むところとは認識してなかった……元・夫の職場が有明の一等地にあったので、「何かあった時になるべく早く駆け付けることができるように」と、東雲にある36階建てのタワーマンションを推挙されて今に至るわけだけれど、その何とも現実味の無い生活も、離縁に至るまでの諸々を後押ししていたと思えなくも無い。
何となく地に足の付かないふわふわとした生活を、何とは無しに4年がとこ送ったという、これまた掴みどころのない感想を抱くことしか出来ない私だけれど、ともかく、終わってしまったことについて、あーだこーだ思い悩む暇もない日々を過ごしている。良くも、悪くも。
「おかーさん、きょうはね……みずあそびであそぶんだよ……」
踏み込んで走り出した自転車が、春の穏やかな風を孕む中、私の背後から、そんな喜びを押し殺したようなつぶやきが聞こえてくる。2歳8か月の割には言葉がちゃんとしてるぅーと、母目線ではそう思ってるマイエンジェル
「みずてっぽうでね……ブフフ、かいちゃんをうしろからうつんだよ……」
きっと悪そうな顔してんだろーなー、と思いつつ、私は唯一この子に救われてんだ、といつも思っている。だから寂しい思いなんかさせたくないし、休みの日は全力で遊ぶように頑張っている。いや、それしかしないと心に決めている。
絶対に、父母が揃っている子供たちには負けるもんか、そんな身勝手な対抗心が、私をかろうじて支えていると言えなくもなかったけど、そうだとしてもそれがどうした。通い慣れた道を軽やかに自転車は突き進んでいく。
園での受け渡しもスムーズに取り行うことが出来、今や早番の先生と談笑できるほどの境地に達した私……やだ、何か輝いちゃってるかも……
自分に言い聞かせるような自己満足感を胸に、私は職場へと向かうために、再びペダルを踏み込む。こっからは鐘が鳴らされたほどのスパートで急ぐっきゃねえ。
目指すは私の現職場、「台場シーゼアー=カジノ」。取り敢えず近場で、と職探しをしたところ、一発目であれよと採用が決まったので勢いで即決した。後悔はしていない。
というか、こっち方面に結構な才能があったみたいで、割ととんとんと出世街道を真顔ですたすた歩き進んでいるといった感じだ。まあこちとらそれなりの修羅場はくぐってますんで……要らん修羅場もだけれどね。
滑り込んだ地下駐輪場からダッシュで更衣室へ。汗と共に私服を脱ぎ捨て、ささっと制汗処理を施して
白のブラウス、黒のベストとパンツに首元にはこれまた黒の蝶ネクタイ。これが黒子に徹する私の正装。
そう、凄腕美人ディーラー(自称)として、私の第いくつか目の人生は始まったばかりなのであった。
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