けがれを落とすって名目で、水を頭からかぶせられて、乱暴に肌や服を拭かれたあと、燎司さんとわたしは筋肉ムキムキの護衛官みたいな人たちに連れて行かれた。

 鳥羽本家の座敷牢は、地下鉄の線路みたいにどこまでも長く延びていそうな、暗い空間だった。暑くも寒くもないけど、空気がじめじめしている。

 それぞれの牢は、たぶん八畳間くらいの広さしかない。格子こうしや扉も鉄製で頑丈そうだし、牢の奥には縄やかせ付きの鎖もぶら下がっている。創作物フィクションの中でしか見たことがない風景だ。

 燎司さんとわたしは、それぞれ隣り合った牢に入れられた。分厚い壁のせいでお互いの様子は全然見えないけど、声が届くから安心できる。

 わたしは手足を縛られてないけど、燎司さんは両手首に重そうな手枷をはめられてしまって、見るだけでも痛々しかった。

 灯璃さんのご両親と燎司さんは、連行前にもちょっとだけお話しをしていたけど、お二人も燎司さんとのお別れが本気でつらそうだった。育ての親同然らしいし、燎司さんのことも灯璃さんと同じくらい大事に想ってくれているんだろう。

 座敷牢の入口には、見張り役の人が二人立っている。牢全体に、魔力を封じるためのお札もたくさん貼られているし、わたしたちには脱走する手段もない。罰せられる立場だから、さすがに何がなんでも出ようとは考えないけど。

 ――これって、監禁とか幽閉とかみたいな状態だよね……?

 現実世界なら、むしろ鳥羽本家の人たちも逮捕されそうだな――なんて勝手に想像して、苦笑いした。

「あのー、燎司さん」

「何だ」

 呼びかけてみると、すぐに返事があってほっとする。

 足を崩して座っていた姿勢を、なんとなく正座に直した。

「わたし、てっきりしかるべきところで裁判みたいなことをするのかと思ってたんですけど……これって、揉み消しみたいなものですか?」

「まあ、そうだな。鳥羽は昔から、身内の無法者をことごとく隠蔽いんぺいしてきたから。一応、和魂騎士ワコンキシを代々輩出してきた名家なだけに、世間体を気にしてるんだろう。くだらんことだが」

「そ、そうなんですね……」

 燎司さんは、さらっと答える。夕飯の献立こんだてでも確かめるみたいな言い方で。

 この座敷牢には、身内の犯罪者たちが何人も閉じ込められて死んでいったのかも。夜中に幽霊が出ませんように!

 ――ほんとに大変なお家柄に生まれちゃったんだなぁ、燎司さん……。

 本家筋の人たちとは遠い親戚っていっても、一族全体であんな雰囲気や風潮があるなら、嫌気が差すのも仕方ない。燎司さんのご両親も、結局婚儀には来ていなかったみたいだし。

常和トキワ退魔学園のお仕事も、やっぱり辞めないといけないんですよね……?」

「ああ。先代が手を回して、表向きは体調不良からの辞職扱いになるだろうな」

 燎司さんのストーリーで読んでいた、教官としての姿勢や生き方も好きだから、その様子がもう見られないのは淋しい。

「すみません、お疲れなのに変なこと聞いちゃって」

「いや、構わんさ。おまえも、休みたいときは遠慮なく寝るといい」

「はい、ありがとうございます」

 って言われても、牢には布団もない。畳にそのまま寝転がったら、起きた時に体が痛くなりそう。

 時間もわからないし、ほとんど何もできないのは退屈だ。腹筋とか腕立て伏せとかすればいいのかな。もともと苦手すぎるけど。軽い柔軟体操ストレッチくらいなら、どうにかなるかも。

 ため息をこぼしかけた時、入口のほうが騒がしくなった。

「このようなところへお越しになるのは、どうかおやめください!」

「先代にちゃーんとお許しをもらったよ」

「しかし、早鬼見サキミの巫女であらせられる御方を、罪人に触れさせるわけには――」

「もー、うるさいなぁ。用があるのは、きみたちじゃないんだよ。どいて」

 見張りの人たちを適当にあしらって、場違いに陽気な声のぬしが近づいてきた。


「リョウ兄、萌生ちゃん! 遊びに来たよー」

「灯璃さん!?」


 思わず、鉄格子にガッとしがみついてしまった。

 白無垢から赤い梅柄の着物に着替えた彼女は、わたしたちの牢の中間に立った。お化粧もすっかり取って、おかっぱの黒髪に包まれた小顔がかわいい。成人したばかりって言っていたけど、わたしと同い年くらいにも見えた。

 両手に持ったお盆には、湯呑茶碗や和菓子が載っているみたい。

「おまえ、叔父さんたちと帰ったんじゃなかったのか」

 燎司さんも、苦笑まじりに聞く。

 灯璃さんは、けろっと答えた。

「うん、ぼくが残りたいって言ったんだ。見張りの二人とか本家の人たちとかが、リョウ兄たちにひどいことをやらかさないかって心配でさ」

「あの先代さんが、よく許してくださいましたね……」

「炤一郎さんのお父さんだからじゃないかな。血は争えないってやつ? なんか、気に入られちゃったみたい」

 眉を下げて笑った灯璃さんは、鉄格子の隙間から、茶碗とみたらし団子のお皿を手渡してくれる。緑茶や砂糖醤油じょうゆ葛餡くずあんのいい匂いが、牢の陰気を浄化してくれそうだった。

「近くのお茶屋さんで買ってきたんだ。お団子、もっちもちでおいしいよ」

「ありがとうございます、いただきますっ」

 知り合ったばかりのわたしにさえ、ここまでしてくれるなんて。灯璃さんは天使としか思えない。燎司さんが彼女を大切にしたくなるのも当然だ。

「はい、リョウ兄も」

「ああ、ありがとな」

 お盆を腕に抱えた灯璃さんは、切なげにうつむいた。

「ぼくね、リョウ兄が炤一郎さんを殺したのは悲しかったけど、ちょっとだけほっとしたんだよ」

「灯璃……」

「もうあんな人の横暴に従わなくていいんだ、って。顔や口には出さないけど、同じように思ってる人も鳥羽には多いんじゃないかな」

 確かに、さっきの場でも、燎司さんに同情的な視線を注ぐ家臣さんや侍女さんたちがちらほらいた。本家と分家筋の人たちが、全員炤一郎さんを心から支持しているわけじゃないんだろう。

「そうだとしても、俺はおまえと自分のためにあの人を手にかけただけだ。鳥羽がどうなろうと、知ったことじゃない」

「そんなふうに言っても、リョウ兄がめちゃくちゃ優しい性分だってこと、ぼくはちゃーんとわかってるからね」

 にんまりと笑んだ灯璃さんは、今度はわたしに顔を向ける。

「改めて、リョウ兄を助けてくれてありがとね、萌生ちゃん」

「いえ、わたしは大したことは――」

「ねぇ、リョウ兄とはどうやって知り合ったの? きみは学園の生徒じゃないよね? 変わった感じの服着てるし、異国の人?」

「ええと、それはお話しするとかなり長くなりますけど……っ」

 好奇心旺盛な灯璃さんにうきうきと聞かれて、あたふたしてしまう。


「ていうか、もしかして萌生ちゃんはリョウ兄の想い人なの?」

「ち、違いますっ!」


 思わず即答で否定した。顔面が瞬間的にで上がる。ぼんっ、なんて音が出そうなくらいに。

 ――わたしなんかが燎司さんの恋人だなんて、畏れ多すぎるー!

 燎司さんには、もっとふさわしいお相手がこれから現れるだろうし、自分と恋愛関係になるなんて想像もできない。

 燎司さんは灯璃さんを止めるどころか、小さく笑みをこぼした。

「そういう未来もあるかもな」

「えっ、ちょ、燎司さん!?」

「あはは、リョウ兄もまんざらじゃないみたいだねぇ。やったね、萌生ちゃん」

「もうっ、お二人ともからかわないでくださいッ」

 ここは座敷牢じゃなくて客間なんじゃないかと錯覚するくらいには、和気あいあいとした空気が流れて。

 熱くなった顔を覆う両手で裏で、わたしもお二人につられてくすくすと笑ってしまった。



 やっぱり、わたしはこれからも燎司さんの『盾』でいたい。

 険しい道の先に、数え切れない困難が待ち受けていたとしても。

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わたしを盾にしてください! 蒼樹里緒 @aokirio

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