最奥さいおうへ向かう途中にも、やっぱり『鬼』たちがたくさん湧いてきたけど。燎司りょうじさんと亞主十あすとさんの華麗な連携攻撃のおかげで、楽々突破できていた。

 燎司さんには、ああ言ってもらえたけど。『灰殻鬼譚ハイカラキタン』の本編シナリオ通りに、『凍れる女帝』が『導鬼ミチビキの巫女』の心と魂を取り込もうとするなら、わたしの命は今度こそ確実にそこで終わる。光の五角盾が通用するかどうかもわからない。

 燎司さんは、できる限り犠牲者を増やさないように戦う人だ。わたしのことも、庇おうとしてくれるかもしれない。

 けど――今のわたしは、巫女だ。その役目や役割をきっちり果たすのが、『灰ノカラ』に来た使命なんだと思うから。燎司さんと亞主十さんに甘えちゃいけない。

 わたしは、わたしのやるべきことをやり遂げる。

 分厚い氷に覆われた空間は、奥のほうへ行くにつれて寒気も強まっていった。氷の厚さや硬さは、燎司さんの炎でさえ、部分的に熔かしきれないくらいだ。一本道みたいな造りで、いくつものふすまを開けながら慎重に進んでいった。

 そして、すべての鬼を倒してたどり着いたのは――頑丈そうな鉄の壁と両開きの扉だった。

 亞主十さんが、顔をしかめる。

「げっ、ここだけ襖じゃねえのかよ」

「亞主十さん、鍵開けられそうですか?」

「んー……パッと見、錠前じょうまえもねえみたいだしなぁ。どうするよ、燎司」

「燃やす」

 開口一番、燎司さんは刀を水平に振って、扉に炎を放つ。

 けど、扉には焼け跡が付くどころか、炎自体が一瞬で消えてしまった。蝋燭ろうそくの火が吹き消されるみたいに。

 燎司さんは、冷静に推測する。

「なるほどな。五行属性を無効化する障壁があるのかもしれん」

「マジか……」

 和魂騎士ワコンキシ陰陽師オンミョウジが使う魔力の属性は、現代日本の歴史上に伝わっているのと同じ、『陰陽五行説』が反映されていた。鬼は通常の武器や攻撃法じゃ倒せないから、武器に魔力の属性を付けたり、魔力を体から直接出したりして対抗する必要がある。

 木は火を生じ、火は土を生じ、土は金を生じ、金は水を生じ、水は木を生ずる『相生そうしょう』。

 木は土に勝ち、土は水に勝ち、水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝つ『相剋そうこく』。

 属性にもそういう相性があって、燎司さんの炎なら、金属性の鉄や鋼もすんなり燃やせるはずなんだけど。

 さすがラスボス、一筋縄じゃいかない。

萌生めい、女帝は呼びかけてきてはいないのか?」

「はい、全然……この向こうに、気配はものすごく感じるんですけど」

 はここにおるぞ――とでも言いたそうな、強大な気配。

 人形の体には、鳥肌は立たないけど。お二人がそばにいなかったら、きつすぎる緊張感で動けなくなってしまっていたかも。

「自力で突破してみせろってことかよ。上等じゃねえか」

 指の関節をポキポキと鳴らしながら、亞主十さんが不敵につぶやく。

 燎司さんが、わたしたちの顔を見渡して真剣に告げた。

「頼みがある」

「おう」

「はいっ」

「俺は、今から『朱雀スザク』の召喚詠唱を始めたい。女帝が出た瞬間に攻撃できる態勢を整えるためにな」

「そうですよね。実際に出てきてからじゃ、詠唱の余裕もなくなっちゃいそうですし……」

 ゲーム内の演出は、かっこいいスキルカットインが出るくらいのもので、燎司さんがどんな詠唱をしていたのかはわからない。亞主十さんも結構長いって言っていたし、女帝も詠唱中の隙を狙って確実に攻撃してくるはず。先手必勝するしかない。

「よし。んじゃその間に、オレと萌生ちゃんで扉を開ける方法を見つけようぜ」

「はい、やりましょう!」

 うなずき合って、早速それぞれ行動を起こした。

 扉の正面、十メートルくらい離れた位置で、燎司さんが朱雀召喚詠唱を始める。足元には、火属性の紅い魔力で五芒星ごぼうせいの魔法陣が広がる。彼の体の輪郭にも、同じ色の光がにじんだ。

 精神集中して目を閉じて真言しんごんを唱える燎司さんの姿は、最初から最後までまばたきしないで見つめていたいけど。今はとてもそんなことが暢気のんきにできる状況じゃない。

 ――ちょっとでもあなたのお役に立ちます、燎司さん!

 亞主十さんと手分けして、大きな扉の左右を確かめていく。隙間や罠がないかどうか。属性の魔力が打ち消されてしまうなら、隙間をうまく使ってこじ開けられればいいんだけど。

「あれ?」

 扉の最下部に目が留まった。サッカーボールくらいの大きさの、真っ黒い鉱石みたいなものが付いている。手前に突き出した先端が槍みたいにとがっていて、気安く触るのは危なそう。地元図書館の鉱物図鑑で見た、黒曜石に似ていた。

「亞主十さーん」

「んー?」

 反対側に屈んでいた亞主十さんが、振り向く。

 燎司さんの詠唱の邪魔にならないよう、わたしたちはなるべく小声でしゃべっていた。

「隅っこのところ、石が付いてませんか?」

「――あー、あるな。何だ、こりゃ」

「もしかしたら、この石が属性を無効化しちゃってるんじゃないかなって思うんですけど」

「なるほど? んじゃ、壊してみっか」

 握った武器の苦無くないを、亞主十さんは早速振り下ろす。


 ガツッ!


 鈍い音がした。

 渋い顔になった彼が、手首を軽く振る。

「うわっ、意外とかってーな、おい」

「だいじょうぶですかっ?」

「どうってことねえけどよ。削るにもかーなーり時間かかりそうなやつだぜ。小刀を使っても、刃が折れそうだし」

「そうですか……」

 亞主十さんは、義賊ぎぞくの活動で宝石類にもよく触っていたそうだし、彼がそう言うなら事実なんだろう。

 燎司さんが無事に朱雀を召喚できても、扉がいつまでも開かないんじゃどうしようもない。いっそ、女帝が自分から出てきてくれれば早いけど、それだと朱雀で攻撃できなくなってしまうかもしれないし。

 ぐるぐる悩むうちに、ハッとひらめいた。

 わたしの光の五角盾は、五行属性のどれにも当てはまらないはず。自分に危険が迫っていない状態で、自分の意思で発動できるかどうかはわからないけど。うまくいけば、石を壊せるかも。

 決心して、亞主十さんに近寄った。

「亞主十さん、ちょっと離れていただけますか?」

「え、何すんの?」

「思いついたことがあるんです」

 目をまるくしながらも、彼はすんなり立って脇へ下がってくれた。

 ありがとうございます、と会釈えしゃくして、わたしは立ったまま両手を石の上にかざす。

 ――お願い、光の盾……この石を壊して!

 目を閉じて、強く念じる。てのひらがあたたまっていくのがわかった。


 パキパキパキッ!


 鋭い音がした。靴底で踏んだ冬の霜が割れるみたいな。

 わたしの前に出た五角盾が、石をあっけなく砕いていた。

「できたっ!」

「おぉ、すっげー!」

 亞主十さんが歓声を上げて、わたしも笑顔を向ける。

「一か八かだったんですけど、やれました!」

「すげーよ、萌生ちゃん! そんな使い方もあったんだな」

「向こうの石も壊してみますね」

「おうっ、頼むぜ」

 早足で戻りながら、燎司さんのほうをちらっと見ると、やっぱりまだ詠唱中みたいだった。けど、魔力の光も強まっていて、彼の周りに熱気が集まっているのがわかる。火の粉も空気に漂い始めていた。朱雀が出てくるのも近そう。

 もう片方の石の前に立って、わたしは亞主十さんに呼びかける。

「亞主十さん、この石も壊したら、水の魔力で扉を攻撃してみてください!」

「任せろ! オレもかっけーとこ見せねえとなっ」

 両手に苦無を何本か構えている彼は、自信満々な笑顔を見せてくれる。

 うなずいて、わたしはまた五角盾を出した。まぶしい光に照らされた石が、ひび割れて砕ける。

「亞主十さん、今です!」

「よっしゃ!」

 わたしの声を合図に、亞主十さんは苦無を全部投げた。

 それらは、扉の正面の隙間にまっすぐ突き刺さって、青白く光ったそこから大量の水が流し込まれていく。水圧で押し開けるつもりだろう。


「出て来いよ、女帝!」


 亞主十さんが啖呵たんかを切ると、ズズズと地鳴りみたいな音がして、ゆっくりと扉が外側に開いていった。水が波みたいに奥へ流れ込んでいく。

 亞主十さんはすぐに走って苦無を回収して、わたしもあとに続いた。

 すべてが凍りついた最奥の間は、鬼火おにびがたくさん浮かんでいて全体的に明るい。

 正面の御簾みすが、風もないのにふわっとなびいて。

 その中から、宙に浮いた巨大な髑髏どくろが現れた。わたしたちを一口で丸呑みしそうなくらいの。


 ――ついに出た、『凍れる女帝』……!


 ぶわっと寒波みたいな冷気が押し寄せてきて、わたしは思わず縮こまってしまう。

「お出ましだな」

 隣に立つ亞主十さんの声も、ちょっと緊張している感じがした。

 燎司さんの詠唱は、たぶんまだ終わっていない。時間を稼がなきゃ。

 ゲームのシナリオ通りなら、女帝はわたしの心と魂を喰おうとするはず。


ちこう寄れ、巫女よ。お前の中にある新たな魂こそ、の求めるもの」


 エコーがかかったみたいな女の人の声が、室内に反響する。

「うおっ、しゃべった」

 驚く亞主十さんの横から、わたしはゆっくり歩き出した。

 行かなきゃ。燎司さんと亞主十さんを、守らなきゃ。

「っ、おい、萌生ちゃん!」

「だいじょうぶです。前もってお話しした通り、わたしが時間を稼ぎます」

「けどよッ」

「お願いします。お二人なら、女帝を確実に倒せますから。わたしを――『盾』にしてください」

 振り向かないで、真剣に告げる。足がすくみそうになるけど、一歩ずつ氷の床を進んでいく。

 亞主十さんがぐっとこらえる気配が、背中越しに伝わってきた。

 ――ごめんなさい。でも、わたしにしかできないことだから。

 だいじょうぶ。うまくやれる。

 今度こそ、燎司さんの『盾』になるんだ。

 真正面まで歩み寄ったわたしを、女帝が見下ろす。真っ暗な眼窩がんかに、青く冷たい光がともった。

「さあ、現世アラワヨへ戻るぞ。余の悲願――人間どもへの復讐のために」

 女帝の言葉と同時に、わたしの体が真っ青な光に包まれ始めて。覚悟を決めて目を閉じる。

 ほんとに短い時間だったけど、燎司さんや亞主十さんと会えて、一緒に戦えて、心の底からうれしかった。ここで二度目の『死』を迎えても、後悔なんてしない。


 ――燎司さん、亞主十さん、ありがとうございました……さよなら。


 燎司さんが、無事に元の世界へ復活できますように。

 最後にそう強く祈った時。


「何!?」


 女帝が驚く声がして、思わず目を開ける。

 五角盾の真っ白な光が、青い光をすっかり塗り替えていた。

「うそぉ!」

 目を限界まで見開いてしまう。

 しかも、盾は前だけじゃなくて左右や後ろ、足元、頭の上にもあって、わたしをすっかり覆っている。


 待って待って、ほんと待って。

 どうしてこうなった、こんなはずじゃなかったのに!

 ラスボス戦でまで自動発動して、ラスボスの魔力さえ弾くなんて聞いてない!


「その異能ちからは何ぞや……余は斯様かようなものを与えた覚えなどないぞ!」

「そんなの、わたしが知りたいですー!」

 パニクって、女帝にまでつい丁寧語を使ってしまった。

 女帝が『導鬼の巫女』に与えたものじゃないなら、この力ってほんとに何なんだろう。


「さすがだぜ、萌生ちゃん! 隙ありッ!」


 亞主十さんの苦無が、女帝の片目に投げ込まれた。それは、落ちくぼんだ暗闇にドバドバと水流をあふれさせていく。涙みたいに、髑髏の頬骨を伝っていった。

 女帝は空中でもがき苦しんで、大きく揺れ動く。周りの鬼火たちが散っていく。鬼火には、わたしたちを攻撃する意思がないみたい。

「おのれ、おのれェェェェェ……!」

 怨みの声を吐き出しながら、女帝は態勢を立て直そうとする。

「亞主十さん、ありがとうございます!」

「どーいたしまして。いい感じの見せ場になっただろ」

「はい!」

 駆け寄ってきた亞主十さんが、ぱちっとウインクしてくれた。

 わたしは、彼の腕にひょいっと抱きかかえられて、二人で女帝から一旦距離を取る。


たけほむらを司りし鳥羽とばの名のもとに――でよ、朱雀!」


 そして、後ろから燎司さんの声も力強く響いて。

 甲高い鳴き声とともに、真っ赤な炎の鳥――朱雀も扉の向こうに現れた。

 大きな翼でバサリと羽ばたくたびに、火の粉がきらきらと舞い散る。それを従えた燎司さんの凛々しい立ち姿も、きれいすぎてわたしは見惚れてしまった。

 わたしたちの上をまっすぐ飛んだ朱雀は、そのまま女帝に激しく体当たりをした。

 燃え盛る炎に包まれて、女帝は絶叫する。ものすごい声量に耐えきれそうになくて、亞主十さんとわたしは耳をふさぐ。

「馬鹿な……余の魂が尽き果てるなど……ッ!」

 朱雀は翼で髑髏をぎゅっと抱え込みながら、くちばしを女帝の片目に突き入れた。亞主十さんが攻撃したのとは逆のほうを。

 室内の氷も、灼熱でだんだん溶けていく。朱雀の翼の内側で、髑髏も小さくなっていくのがわかった。


ゆるさぬ……赦さぬぞ、人間どもォォォォォ……!」


 強烈な怨み言が、女帝の最期の言葉になった。

 バサリと羽ばたいた朱雀の翼には、もう髑髏の影も形も残っていない。鬼火たちも、いつの間にか全部消えていた。

「終わった……のか?」

「倒せたみたい……ですね」

 亞主十さんとわたしは顔を見合わせて、ぱっと笑った。

「よっしゃー!」

「やったー!」

 手を取り合ってぶんぶんと上下に振る。

 予想外のことがたくさんあったけど、なんとかなったんだ!

 ゲームのラスボス戦は、女帝が第二形態に変わった最後の最後まで必死に戦ったから、第一形態の段階で倒せたのはほんとにラッキーすぎる。

「よくやってくれた、朱雀。今後もよろしく頼む」

 燎司さんの軍靴の足音が聞こえる。

 朱雀は、彼に答えるようにまた短く鳴いて、炎に巻かれて姿を消した。神獣シンジュウたちがむ異世界へ帰ったんだろう。

「二人とも、手間をかけて本当にすまなかった。結果的には、どうにか間に合ったが」

 燎司さんは、わたしたちに律儀に頭を下げてくれて、むしろこっちが恐縮してしまう。

「そんなっ、燎司さんが謝られることなんて、全然ないですよ!」

「そうだぜ、気にすんなって。萌生ちゃんの盾もすげーし、オレも足止めくらいなら余裕だったしよ」

「ありがとう、助かった。怪我がないようで何よりだ」

 わたしたちの姿を見て微笑んだ燎司さんだったけど、不意にその体がふらついた。

「燎司さん!」

「おっと」

 亞主十さんが、とっさに横から燎司さんを支える。

 よく見ると、彼の頬や首筋がかなり汗ばんでいた。呼吸も浅い。

「……悪い。召喚で消耗したせいだ」

「そういう代償も厄介だよなぁ。お疲れ」

「やっぱり、体力とか精神力とかも、かなり持っていかれちゃうんですね……」

「ああ。多少は慣れたつもりだったが、何度やってもきついな」

「ちょっと休みましょう。勾玉マガタマの確認もしたいですし」

「おっ、そうだな」

 最奥の間からゆっくり出て、鉄の壁の隅に三人で座る。

 燎司さんは目を閉じて、深く息をついた。

 わたしは、巾着きんちゃく袋から手拭いを引っ張り出して、彼の首や頬の汗をそっと拭く。

「ありがとう」

「いえ。ここまでずっと戦い通しでしたもんね。ほんとにお疲れ様でした」

 間近で穏やかに微笑まれると、またどきどきしてくるけど。

 それから、ここまで拾ってきた色とりどりの勾玉も、全部床に広げた。燎司さんと亞主十さんに均等な数になるように分けて、渡していく。これで、彼らはまた生前の記憶を取り戻せるはず。

 勾玉は、ゲームでは倒した鬼が落としたり、宝箱に入っていたりしたけど、実際も同じ方法で入手できた。一部の種類は課金アイテムとして買えて、クエストをたくさん消化する暇がないプレイヤーは、それでショートカットして『ツワモノ』のカードを育成していたらしい。

 あぐらをかいた亞主十さんが、ふしぎそうに言う。

「それにしてもよ、女帝がオレらをこの異界に呼んだ理由とか、巫女の魂を喰おうとした理由とかって、結局何だったんだろうな」

「あ、それはですね……」

 この際、話しておいたほうがいいかな。導鬼の巫女の記憶として知っているってことにすれば、『灰殻鬼譚』のこともバレないだろうし。

 でも、これから燎司さんが現世に復活するなら、女帝の真相が残りの兵たちに広まってしまうのはまずい気もする。女帝の従者三人も、兵たちの暮らす『屋敷』にまだいて、彼らも生前の記憶を取り戻してないわけだし。

 押し黙ってしまうわたしの代わりに、燎司さんがさらっと流してくれた。

「まあ、終わったことだ。女帝自体に興味はないし、現世へ戻れるなら俺はそれでいい」

「んー、それもそっか。順番的には、燎司ももうすぐ復活できるんだったよな?」

「ああ」

 燎司さんの復活カードは、『灰殻鬼譚』サービス終了一か月前に実装された。その前にも十人の復活キャラがいて、大体通常カードの実装順に現世へ復活した設定になっていた。

 できれば、全員が復活するまでサービスが続いて欲しかったし、ずっと遊んでいたかったな。約七年間のうち、わたしがプレイしていたのは三年半くらいだった。萌奈もなが生きていたら、一緒に最後まで遊び尽くせたのに。

 巫女が示す順番通りに、一人ずつ女帝を倒していって、一人ずつ復活する。たぶん、『灰ノカラ』ではそういう感じで物語が進行していたんだろう。

 わたしたちがこの城を出てしばらくしたら、女帝はまた最奥の間で蘇るのかも。『兵』たちの共通の敵として。

「萌生ちゃんは、このあと『屋敷』に帰ったらどうするよ?」

「うーん……」

 巫女は、ゲーム内では復活する『兵』に付いていく描写もあった。

 けど、そうなったら『屋敷』に残った『兵』たちはどうなるんだろう。去った巫女の代わりに、また別の巫女が女帝から送り込まれるのかな。

 燎司さんに付いていきたい気持ちは強い。でも、わたしなんかが現世でも一緒にいて、ご迷惑にならないかな。

 巫女として『兵』たちと共同生活するのも、それはそれで楽しそうだけど。

 ――ほんと、どうしよう……。

 うつむいて迷っていると、燎司さんの声がかかった。

「じっくり考えて決めればいいさ。この異界で萌生が本当にやりたいと思う道を選べばいい」

 焦らなくていい、って優しさも込められた言葉に、胸の奥が熱くなって。

 褐色の瞳に自分の姿が映っているのがわかって、心が体から飛び出しそうになる。

「燎司さん……」

「ま、オレらみたいに第二の人生を気長に楽しむのもいいしな。鬼はうじゃうじゃいるけどよ」

「そう、ですね」

 からっとした亞主十さんの笑顔にも、和まされる。

「さて、行くか」

「え、体はもういいのかよ」

「ああ。女帝は倒したが、また鬼が出ない保障はないしな」

 慎重に膝を伸ばした燎司さんは、亞主十さんとわたしに落ち着いた笑みを向けた。


「帰ろう。皆が待つ場所へ」


 はい、とうなずいてわたしも立ち上がる。

 静まり返った氷の城には、わたしたちの話し声と足音だけが、明るく響いた。

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