「――ちゃん、お嬢ちゃん?」

 誰かに呼ばれた気がして、わたしはうっすらと目を開けた。

 真っ先に感じたのは、異常な肌寒さ。すぐには口を開けなかったくらいだ。

 見慣れない石造りの天井と、わたしをのぞき込む男の人の顔が見える。

 わたしと同い年っぽい顔立ちの彼は、濃い藍色の瞳で明るく笑いかけてきた。青藍せいらんの短い髪が、小さく揺れる。

「よかった。やっとお目覚めだな」

「……ええと……?」

 どうしてだろう。この人、どこかで見たような気がする。

 ゆっくりと上半身を起こすと、首や肘からギシギシ軋むような音がした。

「えっ!?」

 ぎょっとして、わたしは視線を下げる。

 お正月の神社にいる巫女さんみたいな、純白の小袖こそで緋袴ひばかま。やたら白い手首も指の関節も、人形の球体関節になっているみたいだ。

 左右で三つ編みに結ばれている髪の色は、薄いピンク色。

 いつも身に着けているはずの眼鏡も、今はない。

 ――なに、これ……!?

 呆然とするわたしを、男の人はしゃがんだ姿勢でふしぎそうに見つめた。濃紺の甚平じんべいの裾からのぞく足は、下駄に乗っている。

「どーした、お嬢ちゃん。まだ眠い?」

「あ、いえ、その……ここって、どこなんでしょうか」

「は?」

「わたしは、何者だれなんでしょうか……!?」

 聞き方を間違えた気もしたけど、混乱してそんな言葉しか出てこなかった。

 わたしは橋立萌生で、十七歳の高校二年生で、帰り道にトラックにかれそうになった男の子を庇って――ちゃんと全部憶えているのに。

 どうして、こんなことになっているんだろう。

 ぽかんと口を開けた相手は、別の方向に声を張った。

「おーい! お嬢ちゃんがなんか変になってんぞー!」

 声量の大きさに、わたしはびくっとしてしまった。壁に背中を付けて、体育座りみたいに体を縮める。

 けど、壁はやけにヒヤッとしていて、あまりの冷たさにすぐ離れた。おそるおそる振り返ると、表面には厚い氷が張っているみたい。肌寒さの原因は、これなのかな。

 床は畳で、正面には人が通れるくらいに開いた障子しょうじもあって、小さい和室みたいなスペースだ。それに、周りの景色が全部白と黒と灰色に染まっている。

 男の人に呼ばれた誰かが、足早に近づく音が聞こえてきた。


亞主十あすと、大声を出すな。『鬼』どもが寄ってくるだろう」


 二十代後半くらいの、スラッとした長身の男の人が現れた。藍色の髪の人――アストさんに、あきれた言葉と眼差しを向ける。

 その姿を見た瞬間、わたしも口をあんぐりと開けてしまった。

「うそ……」

 ぽろっとこぼれたつぶやきは、彼らの耳には届かなかったかもしれない。

 右手に握られた、一振りの日本刀。黒い詰襟の制服の上着は前を開けて、深緋こきひのシャツをラフに着こなしているその人には、見覚えがありすぎる。

 座り込んだままのわたしに、彼は歩み寄ってきて片膝をつく。褐色の短い髪と同じ色の瞳で、わたしを冷静に見た。整いすぎた、甘い顔立ちで。

「どうかしたのか、『巫女』」

 どくん、と。

 その言葉で、わたしの心が大げさに跳ねた。

 緊張しながら、相手に確かめてみる。


「あの……鳥羽とば燎司りょうじさん、ですよね?」


 一瞬、彼の目がまるくなった。

「ああ。どうした、改まって」

「わたし……ずっと、あなたを尊敬してます……っ」

 想いを伝える自分の声が、震えそうになる。

 忘れるはずがない。


 一か月前にサービス終了した、大好きな和風ファンタジーブラウザカードゲーム『灰殻鬼譚ハイカラキタン』。

 その中で一番大好きな男性キャラが、今、わたしの目の前にいる!


 ヤバい。無理。しんどい。

 あの交通事故で死んだと思ったら、二次元の世界に来てしまうなんて。

 そんなこと、ほんとにあっていいの? 夢じゃないの?

 自分の頬をつねってみようとしても、やっぱり全然できなかった。指も肌も、人間よりずっと硬い。

 きっと今のわたしは、プレイヤーの分身であるアバターキャラそのものになっているんだろう。現代日本の基準で言うと、小学校中学年くらいの見た目と体つきの。

 少女型絡繰からくり人形――『導鬼ミチビキの巫女』の姿に。

 燎司さんは、ちょっと困ったように微笑む。

「そう言われて悪い気はしないが、ほんとにいきなりどうした」

「な、変だろ? 急に感情がわかりやすくなっちまってよ」

「まあ、今までは会話中もほぼ無表情だったしな」

 燎司さんにすっきりしない感じで言うアスト――岩波いわなみ亞主十さんも、この世界で戦う戦士キャラ『ツワモノ』の一人だ。

 亞主十さんは、わたしのおでこにぴたっとてのひらを当てた。熱を測るみたいに。氷の冷たさも忘れられそうな、優しいあたたかさだ。

 ていうか、男性キャラ二人に間近で見つめられるこの状況、役得すぎない!?

「んー、さっきの戦闘でどっか打っちまったか……?」

「巫女はおまえにずっと付いてただろう。背後から鬼に奇襲されることもなかったはずだが」

「そうだけどよぉ。このまま調子が悪くなって壊れちまったら、ヤバくね?」

 不安そうな亞主十さんの意見を聴いて、燎司さんが考え込むように何秒か目を伏せた。

「巫女は『凍れる女帝』に造られた存在だ。この城で奴の居場所に近づくことで、その記憶や意識が引き出され始めてる可能性もあるな」

「あ、なるほど?」

「えっ!」

 またびっくりしてしまった。

 お二人の視線が、わたしに集まる。

「お嬢ちゃん?」

「ここって、女帝の城の中なんですか……!?」

「ああ」

「えぇぇぇぇ!」

 驚く声も、悲鳴みたいに響いた。

 よりによって、『灰殻鬼譚』の最大強敵ラスボス――『凍れる女帝』がいる城に来てしまったなんて。

 ゲームだと、クエストのエリアマップはデフォルメ調で描かれていたし、戦闘画面のちょっとした背景グラフィックくらいでしか、場所の雰囲気もわからなかった。

 思い出した。サービス終了前に何がなんでも女帝を倒そうって決めて、いわゆる『縛りプレイ』をしていたんだ。燎司さんと亞主十さんの二人編成で。

 カードデッキには、キャラのカードを最大三枚まで積める仕様だったけど。各キャラの専用武器カードやイベントカードを工夫して積んでおけば、三人じゃなくても女帝に勝てるって攻略情報をネットで見ていた。正攻法で倒すのもいいけど、自分なりにちょっと変わった戦い方を試してみたくて。だからこそ、プレイ初期からひたすら燎司さんの育成をメインにしてやり込んだ。

 ――ってことは、つまり。


 わたしは、あの時のプレイを再現しなきゃいけないの!?


 氷の壁に触った時よりもずっと、体中が冷えていく感覚がした。

 ゲームではどうにかなったけど、実際に自分があの恐ろしい女帝と戦う現場にいたら、どうしていいかわからない。きっと、リセットも利かないんだろうから。

 ヤバい。無理。しんどい。

 あちゃー、と言いたそうな表情で、亞主十さんもぼやく。

「マジか……お嬢ちゃん、ここに来た時のことも忘れちまってんのか……」

「着くまでに三日はかかった長旅だったからな。いつも以上に疲れも出たんだろう」

「すみません、実は深い理由わけが――」

 クエスト探索システムは、〇分から三日間まで所要時間が細かく選べたけど。女帝のボスクエストだけは、一日か三日探索を複数設定しないと、なかなか出てこなかった。探索が一瞬で完了できる、課金アイテムの砂時計を使ってもだ。

 ほんと、大変な旅をさせてしまってごめんなさい、お二人とも。

 信じてもらえないかもしれないけど、こうなったら正直に打ち明けるしかない。

 勇気を振り絞って事情を説明しようとした時。

 何かにじっと見られているような、不気味な気配がした。

 バッと天井を見上げる。


 影からぬうっと下りてきていた。縄でぐるぐる巻きになった、逆さ吊りの人型の『鬼』が。

 ちょうど、燎司さんの真後ろに。


「だめっ!」


 とっさに立ち上がって、わたしは彼の背中側に跳び出した。両腕を大きく広げて、鬼を待ち構える。

 燎司さんと亞主十さんもすぐ気づいて、武器を手に攻撃しようとするけど。

 縄の隙間から、鬼のあかい両目がギラリと光って、歪んだ口が動くのが先だった。

 この敵の術は、確か――呪詛じゅそをつぶやきながら、相手の行動を封じること。

 お二人の術や技が一時的にでも使えなくなってしまったら、まずい。

 それに――燎司さんを守って死ねるなら、わたしは本望だ。

 敵の口から、真っ黒な光線が放たれようとして。

 撃たれるのを予想して、わたしはぎゅっと目をつぶった。


 ――わたしをあなたの『盾』にしてください、燎司さん!


 それなのに。

 いつまで経っても、鬼の術がぶつかってこなかった。

「え……?」

 おそるおそる目を開ける。


 わたしの頭の上に浮かんでいた。

 真っ白に光り輝く、大きな五角盾が。


「な……」

 なにこれ、とつぶやこうとした自分の声は、炎の燃え盛る音にかき消された。

 火属性の赤熱をまとった、燎司さんの刀。水平に振るわれたその刃が、鬼を鋭く真っ二つにした。

 その直後、天井から鬼をつないでいた縄を、亞主十さんの投げた苦無くないが水流を放って斬り落とす。

 赤橙せきとうの炎に焼かれながら、鬼は空中で灰になった。

 五角盾も、上のほうから細かい光の粒に変わって、空気にとけていく。

 ヒュッ、と刀を振り下ろして、燎司さんは炎を消した。

 亞主十さんが、唖然としたわたしの頭をぽんぽんと撫でる。

「お嬢ちゃん、すげーな! あんな能力ちからがあるなら、もっと早く出しといてくれよ」

「え、いえ、わたしも何がなんだか……!」

「巫女」

 燎司さんから呼びかけられる。

 彼に振り向いたわたしの息は、詰まった。

 褐色の瞳に、静かな怒りがにじんでいたから。

 刀を腰の鞘に収めて、燎司さんは淡々と告げる。

「鬼の気配を察知できるのは、おまえだけだ。亞主十と俺を庇おうとしたのはわかるし、感謝する。だが、おまえの導きがなければ、俺たちは女帝のもとへ辿り着くことも、本拠地の『屋敷』へ帰ることもできん」

 黒い軍靴ぐんかが近寄ってくる足音。鬼が出た時とはべつの緊張感に、わたしの体は竦んでしまう。

 離れた亞主十さんの手の代わりに、燎司さんの大きなそれがぽんと頭に置かれた。


「あまり無茶はするな。人形だからって、自分の身をなげうっていいなんてことはない」


 厳しい言葉だけど、声音は気遣うように穏やかで。

 今の体が人形じゃなかったら、わたしは涙を流してしまっていただろう。

「は、い……ごめんなさい」

 でも、あなたを守って死にたいって願いは、本当なんです。

 歪んだ想いを声にはしないで、心の奥に押し込めた。

 それにしても、あの光の盾は何なんだろう。ゲームでも、『導鬼の巫女』にはあんな能力はなかったはずなのに。

 もしかして、これも『凍れる女帝』の術か何かなのかな。巫女に『兵』たちを自分のところまで案内させるための。それまでは役目を果たせ、ってことなのかもしれないけど。

 なんでそういう余計なことしてくれちゃうのかなー!

 わたしは燎司さんを守って潔く華々しく散りたいんだけどなー!

 頭を抱えたくなった。

「よし、いい子だ」

 わたしの気持ちなんて当然知らないで、燎司さんはほめてくれる。

 うんうん、と亞主十さんも満足そうな笑みを浮かべていた。

「さーて、お嬢ちゃんも動けるようになったっぽいし、そろそろ移動すっか?」

「そうだな」

「あ、待ってくださいっ」

「ん?」

 お二人を呼び止めて、わたしは軽く手を挙げて提案する。

「作戦会議をしませんか」

「え、ここで?」

「何か策があるのか」

「はい」

 意外そうな亞主十さんと、耳を傾けてくれる燎司さんに、わたしは真剣にうなずく。

 このまま勢いだけで女帝に突っ込んでいくよりは、戦略を練ったほうが安全だ。自分の事情説明も含めて。


「わたしは――女帝の弱点も知ってるんです」


  ▼


 わたしが『導鬼ミチビキの巫女』に転生した経緯をざっくり打ち明けると、さすがに燎司りょうじさんも亞主十あすとさんも目が点になってしまっていた。亞主十さんのほうが、感情表現が大袈裟オーバーだけど。

「えーと、つまり……きみは元の巫女じゃなくて橋立はしだて萌生めいって女の子で、その事故のせいで巫女の中に魂が入っちまったってこと!?」

「そうなりますね……」

「はぁぁぁぁぁ!?」

 畳にあぐらをかいた姿勢で混乱する亞主十さんに、正座したわたしは申し訳なくて苦笑いしかできない。

 巫女は、長いひも付きの巾着きんちゃく袋を肩から提げていて、筆記用具もその中から手探りで取り出せた。お札みたいな形の白い和紙に、筆ペンっぽい文房具で自分の本名を書いて見せたのだった。墨汁の独特な匂いが、空気に漂っている。

「それも女帝の仕業しわざなら、マジでヤバくね!?」

「亞主十、うるさい。落ち着け」

「燎司は落ち着きすぎだろ! 何の関係もねえ女の子が巻き込まれちまったかもしんねえのによ!」

「とりあえず、巫女の様子が急変したことについては腑に落ちた」

 亞主十さんの隣に座っている燎司さんは、わたしの文字を冷静に見つめる。

 わたしたちは、和紙を囲んで三角形になるような位置取りになっていた。

現世アラワヨで一度死んだ俺たちをそうしたように、女帝が彼女の魂も『ツワモノ』としてこの異界――『灰ノカラ』に召喚したとすれば、辻褄つじつまは合う」

「まあなぁ……」

「ただ、それがよりによって俺たちが城に侵入した今だってことと、彼女の本来の姿じゃなく巫女を『器』として転生したような流れになってることが、多少引っかかるがな」

「それが一番謎なんですよね……。わたし、お二人みたいに戦う力だってないですし」

「さっきの盾は、無自覚に発動したのか」

「全然身に覚えがないです。あんなのがあること自体、知りませんでしたし」

「元々巫女に備わった潜在能力なのか、あるいは橋立萌生の魂が巫女に宿ったことで覚醒した力なのか……興味深いな」

 燎司さんの言葉に、きゅんとしてしまう。

 フルネームを呼んでもらえるなんて! ゲームにはそんな仕様はなかった!

「オレらも、巫女のああいう異能ちからなんて見たことなかったもんなぁ。札でオレらの怪我を治してくれたり、勾玉マガタマでオレらの記憶を蘇らせてくれたりはしてたけどよ」

 天井を仰いで、亞主十さんがしみじみと言う。

 わたしも『灰殻鬼譚ハイカラキタン』をプレイしていた時のことを思い出す。学校の勉強もしながらだと、ゲームのイベントをクリアするにも時間がどうしても足りない。コンビニの電子マネーで、こっそり少額課金もして、必要なアイテムを買っていた。『凍れる女帝』のボスクエストに挑戦した時も、プレイヤー用アクションポイント回復アイテムの『明神薬ミョウジンヤク』や、キャラ用体力回復アイテムの『治癒札チユフダ』を多めに用意して臨んだ。

 ――今のわたしも、そういうのを持ってるのかな。

 でも、紅白の七宝しっぽう柄の巾着袋はどう見ても、小物以外の荷物が大量に入りそうな大きさじゃない。

 中はどうなっているんだろう。

 なんとなく好奇心が湧いて、膝に乗せた巾着袋をそっと開けてみる。


 真っ暗なその中には、小宇宙コスモが広がっていた。

 数え切れないくらいの星が、きらきらチカチカ光っている。


 ――うん、わたしは何も見なかった。

 きゅ、と紐を結んで袋を閉じる。筆記用具をすんなり取り出せたのは、運がよかったのか何なのか。

 もしかしたら、わたしが必要なものをイメージするだけで、それがパッと取れる仕組みなのかな。

 ただでさえ、わけがわからない状況だし、今は余計な悩みを増やしたくない。

「それで、萌生」

「あ、はいっ?」

「あぁ、いきなり名前を呼び捨ててすまん。かまわないか?」

「も、もちろんです! どうぞ!」

 さらっと下の名前を発音してくれた燎司さんに、わたしはこくこくとうなずく。

 ほんと、何億回でも呼んで欲しい!

 真顔になった彼は、別の質問をしてきた。

「さっき、女帝の弱点を知ってると言ったが、事実か?」

「……はい。わたしの記憶が正しければ」

 背筋をよりまっすぐに伸ばして、わたしも答える。

 初心者の頃からずっとお世話になった『灰殻鬼譚』の攻略サイトは、サービス終了後も残っている。あの内容と女帝のボスクエストクリア当時のことを思い出せば、なんとかなる――はず。ゲームとしての戦い方と、この異世界での戦い方はまた別だろうから、そこも考えなきゃいけないけど。

「まず、大事なことからお伝えしますね。女帝は全属性に耐性を持ってて、攻撃を一定時間続けると、第一形態から第二形態に変化するんです」

「うわ、何だそりゃ」

「しかも、時間を巻き戻したり、相手の体力や魂を吸い取ったり、相手を即死させたりする術も使ってきます」

「マジかよ……」

 亞主十さんが、口許くちもとと頬を引きつらせた。

 お気持ちはわかる。わたしだって、攻略情報を見ただけでも、倒せるわけないって思っていたし。

 燎司さんの表情は変わらない。落ち着いてわたしの言葉を聴いてくれている。

 また巾着袋の中を手探りして、わたしは何枚かの白い和紙と筆ペンみたいなものを引っ張り出した。

「絵が下手なので、わかりづらくても許してください……。だいたいこんな感じです」

 かなり略して描いた女帝の形態の図を、すっとお二人の前に一枚ずつ差し出す。

 彼らの視線が、それをまじまじと見つめた。

 状況が状況だからかもしれないけど、絵を笑われなくてほっとする。

「えーと、第一形態は髑髏どくろみたいなやつ?」

「はい。とにかく全体的に大きいです」

「で、第二形態は骸骨がいこつ身体からだになるのか」

「そうです。長い髪は氷でできてて、濃い青の十二単じゅうにひとえみたいな着物を着てます」

「やっぱ、第二形態のほうが強くなるってことだよな? 第一形態の時に倒さねえとヤベえのか」

「そうなりますね」

「なら、俺が『朱雀スザク』を召喚して仕留めたほうがいいな」

秘奥義ヒオウギですね!」

 燎司さんの意見に、わたしのテンションは急上昇した。

 総勢七十人以上いた『灰殻鬼譚』のキャラは、通常技や術のほかに、超必殺技みたいなものを持っている。通常技を使ってためる『秘奥義目盛メモリ』を、戦闘中に最大値まで上げて、条件に合ったカードを手札にそろえて発動する大技だ。

 画面上で攻撃力数値分のサイコロが振られて、刀の絵柄の付いた面が表になった分だけ相手の体力が削れるっていうオリジナルの戦闘システムも面白かった。

 神獣シンジュウ・朱雀の炎で敵を焼き尽くす燎司さんの秘奥義『煉焼朱雀レンショウスザク』は、カットインのイラストもたまらなくかっこよかった。

「時間を巻き戻すってのが厄介だが、奴がそうする前触れはあるのか?」

「女帝は、自分の体力を回復するとき、その術を使うんです」

「ってことは、やっぱ女帝が出てきた瞬間に、燎司の朱雀で一撃必殺が安全か? オレの水属性の攻撃よりは、相性いいだろうし」

「一撃で済めばいいがな。召喚詠唱の時間稼ぎも要る」

「あー、あれってけっこー長えもんなぁ」

「それについては、わたしに任せてください!」

「え?」

 お二人の疑問の声が重なる。

 わたしは満面の笑みで胸を張って、握りこぶしでそこをとんと叩いてみせた。


「女帝は、最初に巫女の心と魂を喰おうとします。自分が現世に復活するために。なので、わたしが盾になればだいじょうぶです!」


 そう、それがわたしの本望。燎司さんのために、亞主十さんとも一緒に戦った末に死ねるなら、こんなに幸せなことはない。

 けど、彼らは笑顔にはならなかった。

 亞主十さんの表情が、悲しそうに歪んだ。

「萌生ちゃん。巫女の体に入っちまったからって、無理すんなよ」

「えっ、いえ、そんなつもりは……っ」

「弱点ってのは、そういうことか。確かに、奴が巫女に接触しようとするなら、その間に隙はできる。だが――」

 燎司さんは、切なそうに私を見る。

 目が合った瞬間、今までとは違った意味でどきっとしてしまった。人形の体には、心臓なんてないはずなのに。

「さっきも言っただろう、萌生。自分の身をなげうっていいなんてことはない」

「は、はい……」

「女帝の能力について知ってるのも、たぶん巫女としての知識や記憶の一部なんだろう。この局面で教えてくれたことは、本当にありがたい。ただ、光の盾もいつまで使えるか、それで女帝の攻撃も防げるものなのかどうかは、まだわからん。慎重に行こう」

「そう、ですね」

「きみのことは、燎司とオレがちゃーんと護るからよ。女帝と対決する時になったら、またいろいろ考えようぜ。な?」

 亞主十さんも、からっと笑って励ましてくれた。

 心強いお二人と一緒にいれば、城の肌寒い空気も耐えられるかも。

「燎司さん、亞主十さん……こんなわたしを信じてくださって、ありがとうございます」

 おでこが膝に付きそうなくらい、わたしは深く頭を下げた。

 ちゃんと、彼らを女帝のところまで導こう。第二の人生を終わらせるチャンスは、そこに残っている。


「女帝は、この城の天守閣てんしゅかくにいるはずです。行きましょう!」


 すっくと立ち上がって、ラスボスに立ち向かう第一歩を、踏み出した。

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