わたしを盾にしてください!
蒼樹里緒
第壱部
零
残念だ。今日もまた生き残ってしまった。
通り魔に刃物で刺されたり、ヤクザに銃で撃たれたり、立てこもり強盗に人質に取られたりなんて
高校の下校時刻が過ぎて、陽が落ちた冬空の下、通学路をひとりでとぼとぼ歩きながら、わたしは何度目かのため息を吐いた。
自分の長い黒髪も、かけている眼鏡のレンズも、着ている紺色のセーラー服も、全部闇に塗り潰されるんじゃないかって想像しながら。
手に持ったままの進路調査票に、何の気なしに視線を落とす。
「橋立、前の調査票も白紙で出してたよな。何か将来やりたいことはないのか?」
担任の先生の心配そうな声が、頭をよぎった。さすがに、三回目の調査も進路未定状態で提出させるわけにはいかないって考えているんだろう。
将来の夢は、いくつかあった。もう、どれも叶えようとは思わないけど。
お母さんは、一度も認めて応援しようとはしてくれなかったから。たったひとりの家族なのに。
進路調査票を無記入で出していることを知ったら、お母さんはまたわたしを殴って蹴って責めるんだろう。
役立たず。恥知らず。出来損ない。
そんな罵詈雑言を、十七年間で何百回も言われ続けてきた。
家に帰っても、勉強なんかろくにできない。毎日下校時刻まで学校に居残って、図書室や空き教室で宿題を進めて、街の図書館が空いていれば寄って。そんなふうに、家にいる時間を減らしていた。
お母さんの言いなりになって生き続けるのは、限界だ。もう疲れた。
ひとつの取り柄もないわたしなんか、生まれて来ちゃいけなかったんだ。
でも、どうせ人生を終わらせるなら、せめて最期に誰かをかっこよく助けたい。『あの人』みたいに。
――ねぇ、
横断歩道の前で、行き交う車をぼんやり眺めながら、思い出していた。大切な双子の妹のことを。それから――妹と一緒に遊んでいて、一か月前にサービス終了してしまった、大好きなブラウザゲームのことを。
その時だった。
小さな影が、わたしの脇から横断歩道を渡ろうとした。
黒いランドセルを背負った男の子。
手元のスマートフォンを見ながら歩いていて、気づいていない。
歩行者用信号機の色が、まだ赤のままだってことに。
一台のトラックが、男の子に迫ってきていた。
「危ないッ!」
考えるより先に、わたしの足は動いていた。
――あぁ……やっと死ねるんだ。
重い荷物をやっと下ろせた気分で、わたしは真っ暗闇に沈んでいった。
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