絶望の夜~狂信者は全てを嘲る~羅賀 紅月の追憶
「さて、改めて私の目的をお伝えします。我が神の御告げ『優秀な遺伝子を繁殖させよ』とのことです。そのために羅賀 紅月さん。あなたを戴きに参りました。なお、両親は必ず我々の目的を妨げる壁、弊害となりますゆえに始末しておくこと、と。しかし、朱里さん。あなたもまだ使えそうですねぇ?よろしければ娘さんとご一緒に繁殖にご協力いただけますか?」
神の御告げ
要は奴、麻倉の父親の遺言だろう。
しかし、語る言葉の全てが不愉快な男である。
紅月が身構え、後退りしていると
「娘にも妻にも手を出すな。指先一寸たりとも触れるな」
斗真は縄を切りムクリと体を起こし、麻倉を睨んだ。
ただならぬ雰囲気だ。
サラリーマンだった父さん、バーのマスターの父さん。
そのどちらの父さんとも程遠い。
感じるのは確かな『殺意』
「15年ぶりか…『修羅ノ刻・血刃』!」
斗真の髪が赤く染まり、掌からブシュッと血液が噴射した。
みるみると血液は塊となり、鋭利な赤黒い刃と化した。
「いいですよ、いいですよぉっ!愛する娘と妻のために怒り、再び戦う決意!美しいじゃないですかぁっ!その思いをグシャリと踏みにじる。愛する者を奪う。なんとも甘美なひとときです!」
麻倉彰幸。
こいつもまた欲のままに力を手にした異能力者である。
「秘呪・死霊ノ刻!屍よ!獲物を心ゆくまで喰らいなさい!」
呪術によって屍を操る異能力。
どこまでも、なにもかもが不快な存在、それが麻倉彰幸という男だ。
死人さえ奴には便利な道具なのだ。
歩く屍は斗真に向かって一斉に襲いかかった。
その光景は映画のゾンビのようではあるが、その動きは俊敏でまるで生きてるようですらある。
「くそっ!外道が!死者を冒涜しやがって!」
屍の群れを払いのけて彰幸へ突っ込んでいく斗真だが、また屍が壁となって立ちはだかる。
「フフ。肉の壁です。お優しいあなたでは斬り捨てることなどできないでしょう?」
斗真は一瞬目を瞑り、覚悟を決めて見開いた。
ザシュッ!
屍たちの体がバラバラになり崩れ落ちた。
斗真の一瞬の斬撃は全ての屍を捕らえていた。
「罪は全て背負ってきた。今しがたの罪も俺の呪いと共に背負っていく。もう迷わない。彰幸!貴様が纏うもの、それが貴様の毒牙にかかった数多の犠牲者であろうと全て凪ぎ払い、必ず殺す!」
屍を葬り眠らせてやる。
斗真は犠牲者たちに唯一できることを見出だし、彰幸を殺すことを決意した。
「あらあら。せっかくの兵がなくなってしまいましたね。そうだ!いいことを思いつきました」
何か企みがあるのか、不適にいやらしい笑みを浮かべた彰幸の掌にボウッと青い炎のようなものが発生した。
「私の異能力は生前に善良であった者であればあるほどに強い死霊となって、私の意のままに戦う兵となります。この青い炎はある男の魂。マイケル・ワーナーという世界的名医を知ってますか?世界の貧しい人々の病を治したり、多額の寄付をしたりと大変偉大なお医者さまだった人です。虫酸が走りますねぇ。先日、日本に訪れた際、殺したんですよ。私の兵となっていただく為にね」
この男、麻倉彰幸は人間ではない。
即刻、斬り捨てるべきだ。
斗真が「なんてことを…もういい。お前はここで終わらせる」と血の刃をより鋭利に、かつ禍々しい形に変化させる。
赤みはなくなり、より黒く変化した。
すると彰幸も青い魂を両手で前に突きだし、「死霊の刻・秘呪。邪気魂成!肉体無き哀れな迷い人よ!純粋なる生への欲を纏い、新たな意思を宿し我が僕となれ!」
彰幸の声に青い魂は反応して、念波が声となって伝わってきた。
「殺し…たくない!私は人々を…救いたい!嫌だ!奪いたく…ナイ!コロス…したくな…ロス…コロスコロスコロス!」
じわりじわりと侵食されていき、名医マイケル・ワーナーの心は消え、死霊化は完了してしまった。
「せめて、誰も殺さぬうちに俺が浄化してさしあげよう」
そう言って諸刃の剣と化した血刃を構えた瞬間
「ぐ…はぁっ」と悶え苦しむと同時に斗真は吐血した。
「限界…か?こんな時に…くそ」
片膝をつき、苦痛に顔を歪める斗真の様子に彰幸が嘲るように
「やはり15年というブランクは大きいようですねぇ。何しろあなたの異能力『修羅ノ刻』は肉体強化を越えて、人間離れした体に変異させる力。現に先ほどあなたが吐いた血は藍色へと変化している。まるで物語に登場する悪魔や鬼の類いではないですか。そのような強力な異能は今のあなたの体にはさぞ辛いでしょう。かわいそうですから今楽にしてあげましょう」
彰幸が言うと死霊化したワーナー氏が斗真の頭に触れた。
すると斗真の全身に血管のようなものが浮き出てビクンと体が小さく跳ねた。
「がっ!あぁ…!」
「斗真!斗真!彼に何をした!?」
呻き、痙攣が止まらず苦しみだした斗真に駆け寄った朱里が彰幸を睨み付け言った。
「脳から全身の神経に呪毒を流したのですよ。少しばかりお別れする時間をあげようと思いまして、致死量ではありますがいい加減にしておきましたよ。私は慈悲深いですからねぇ」
彰幸は残酷なことを微笑みながら語り、死霊の隣に移動すると
「さて、朱里さん。あなたは娘さんと一緒に私と来ませんか?衣食住の心配はいりません。ただただ毎日子作りに励んでいただければいいのです。1人生んだらまた次の男性と、またその次の男性と、とね。優秀な遺伝子を世に送り出していきましょう。神もお喜びになります」
丁寧な口調ではあるが要は朱里に紅月と共に慰み物に、孕み袋になれと言うのだ。
何が神か。その相手になる男どもとは恐らく金銭のやり取りも行われている。
人身売買を神を語り、宗教の名の元に無理矢理に正当化しているだけだ。
「嫌!父さん!父さん!」
痙攣が止まらず、目から口から血が流れ出る斗真に紅月が駆け寄ってきた。
「…紅月。離れていなさい」
「母さん?」
朱里の髪の色が栗色から真っ赤に変化していく。
殺意を強め、感情を昂らせ力を解放する。
「狂乱ノ刻!」
血のように赤い髪。恐ろしいほどに感じる殺意。
そして口元には笑み。朱里は少し笑っていた。
「母さん?笑って…る?」
いつも優しかった母に紅月は初めて少し恐れを抱いた。
「なるほど。流石は憎むべき父の、我が神の仇の娘。凄まじい力、殺意です。夫の斗真さんよりも強いようですねぇ。狂気の異能『狂乱ノ刻』。私を殺せると思っているようですねぇ。良い笑みです」
朱里の殺気に気圧されたのか、彰幸は不敵な発言とは裏腹に少し汗をかき頬から流れ落ちていた。
「ですが!この最強の死霊と化したワーナー氏には敵いますまい!あなたは脳をコントロールし拘束して娘ともども我がアジトへ連れ帰ります!」
死霊が朱里に迫り、頭を目掛けて手を伸ばしてきた。
その時、朱里の手にボウッと帯状の炎がまとわりつくように発生した。
「紅蓮ノ華炎。癒して葬れ」
声に従い、帯状の炎は死霊のワーナー氏の体に拘束するように巻き付いていった。
そして炎に包まれ、ワーナー氏の霊体は蒸発していく。
一瞬、ワーナー氏の顔は微笑んでいた。
「ア…リ…ガ…トウ」
微かな声で告げてワーナー氏は消えていった。
「っ!馬鹿な。一瞬で!一撃で!我が最強の死霊を!我が呪いの力の結晶を葬り去ったというのですかぁっ!なんてことだ!なんてことをぉおっっ!!」
彰幸が頭を抱え、悲痛な声で叫んだ。
しかし、直ぐに冷静になったかと思えばフフッと不気味に笑みを浮かべ
「いいですね。いいですよ!朱里さん、あなたはやはり優秀な遺伝子をお持ちだ。あなたには私の、神の後継者であるこの私の子を孕んでいただきます!さすれば史上最高の!最強の遺伝子を持った神の子が誕生することでしょう!」
彰幸の戯言は更に朱里の逆鱗に触れた。
「お前はここで死ぬ。私たち親子は誰にも汚されない。時間をかけて焼いてあげる。今まで苦しめ奪ってきた人たちの分、私の夫の分も」
そう言って掌に赤黒い炎を発生させる。
その炎を握り潰すと弾けて朱里の腕を覆った。
手刀を構え、彰幸を目掛けて突進する。
彰幸は咄嗟に避けたが、左手が切り落とされた。
「いぎゃあっ!腕がぁ!私の腕がぁっ!ひっ!?燃え…!」
切り口が焼け、炎がじわじわと広がりつつあった。
「あぁっ!熱い!くそ!くそぉっ!」
彰幸は持っていた短剣を取り出し、切り口を更に切断した。
血の滴る切り口を押さえながら息を荒くして
「はぁっ!はぁっ!…駄目だ。私のこの体はもう駄目だ!はぁっ!はぁっ!…そうです」
何かを思いついた彰幸。
その視線の先にはスキンヘッドにタンクトップの巨漢。
洗脳状態で命令しない限りは傍観しているだけ。
心がなく、思考がまともに働いていない奴の体なら…そう考えていた。
「秘呪・邪気魂奪!」
彰幸の声と同時に自身の体が鈍く光る。
己の魂を抜き出し、他者の魂を上書きして乗っ取る。
これもまた恐ろしく残酷な術だ。
彰幸の魂が白い光となって巨漢目指し飛んでいく。
光がバシッと勢いよく大きな体躯にぶつかると巨漢の体がビクッと反応して、ポカンと開いていた口がニヤリと不気味に笑った。
「ふむ。少し体が重い。けどまぁ健康的な体ではありますね。少し減量すれば動かしやすくもなるでしょう。さて…再開といきましょうか?朱里さん」
目の前で起きた不気味な出来事の一部始終に朱里は更なる怒りを覚えた。
怒るほどに、憎むほどに殺意は増していき、笑みがこぼれる。
そして力を増していく狂気の異能力『狂乱ノ刻』
「どこまでもおぞましい奴。ここで…必ず!」
再度、殺意を強め、赤黒く燃える手刀を構えた。
愚者と狂女の死刑執行(エグゼキューション) MASU. @MASUMASU69
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