第3話 呪われし者たち~外道を狩る[後編]

「ぐ…ハァ…ハァ…畜生!」


恐怖で息が荒れ始めた法政には3つの選択肢がある。


一つ 大人しく殺される。

嫌だ。まだまだ生きて食を、女を楽しみたい。 


二つ 逃げ出す。不様だが、力の差を考えるとこれが現実的だ。しかし更に現実を言うなら逃げ切れるとはとても思えない。


三つ 必死の命乞い。あり得ない。奴が許すはずがない。これまで命乞いをした女を、子供を笑いながら殺し喰らってきたのが俺だ。


どれも結局待っているのはー死。

 

「どうする…どうする?鬼の力を取り込み使いこなすようなデタラメな奴に俺の獣の力じゃ到底……いや!この獣欲ノ刻は一説でしかないが、異能者を喰らうことで進化することがあると聞く。どうにか奴がこちらに向かってくる隙にあの紅月という女を…しかし、あの女は楽しまずして喰らうには惜しい。待てよ…?」


陽と紅月より後ろのほう、だだっ広く大きな冷蔵室の片隅で闘いの一部始終を見ていた娘。明星 流に目をつけた。

そして法政はニタァと気味悪く笑い


「紅月より小柄で幼い。だがスタイル、肉付き。美味そうだ。どれほどの力かはわからないが、コイツらの仲間だ。かなりの異能を持っているに違いない。…よし!」


法政が全身の毛を逆立て、渾身の高速移動で流のところに向かった。


「!あたし!?」


流が反応して身構えた。が、しかし


「遅い」

陽が回り込み、法政の眼前に立つ。


「ぐ、糞がぁっ!!」

もはや法政は焦りと恐れから口調にはさっきまでのチャラさ、陽気さはない。


ドグッ!!


みぞおち辺りに重く強烈な衝撃。

苦しみ呻きながら、吐血して膝をついて崩れ落ちる法政。


「っがぁ!うぅ…ぐぐ」

血走った目でうずくまり、ギリギリと歯を鳴らした後、ウォーッと声をあげ、ガバッと立ち上がった。


「糞!畜生ォォ!!俺はまだ終わらない!終わってたまるか!もっと喰うんだ!女を!子供を!命ある限り!異能を有する限り!この溢れる欲望を満たす!その為にぃ!!狩神 陽 !先ずはお前だ!屍にした後、あと数分でここにガキを運んでくる獣欲どもの餌にしてやる!!」


混乱し正気を失いつつある法政は陽との力の差、陽への恐怖も忘れて怒り任せに吠えていた。

そして、更に全身の筋肉を肥大させ、毛を高質化させて、キザッぽいビジュアルの面影の無い、巨大な狼男へと変貌した。


「この獣毛の鎧と鉄をも砕く力で殴り潰して肉の塊にしてやる」


そう言って陽に仕掛けようとした法政の前に胸に傷を負った金髪の少女の姿が。

傷の痛みで消耗して異能が消えた紅月だ。


「ちょっと待ってよ。あんたの相手はあたし。あんたはあたしの獲物。陽、タイマンの続き、いいよね?」


紅月の言葉に少しばかり困ったような心配するような表情の陽だが、異能を解除して白髪からダークブルーの髪に、目も茶色がかった黒に戻った。


「わかった。お前がカタをつけろ。また背後を取られないようにな。次に野郎がさっきみたくお前の体に触れたらその時点で俺が殺す」


陽の言葉に紅月は「承知っ!」と笑顔で言った。


「っ痛!やっぱりさっきの鷲掴みの不快感半端ないわ。傷つけられた心のぶんと乙女の肌に穴開けてくれたぶん。あんたの苦痛と命で払ってもらうよ!」


再び紅月の髪がたぎる血液に反応するかのように赤く染まっていく。


異能『狂乱ノ刻』

相手の悪意が強いほど、その体は強化され、心は踊り、相手を痛めつけるごとに快感を覚える。

そして、己の過去の傷が深いほど目の前の悪人へのサディズムが強まるのだ。


「チッ。可愛げのない。ヤられて泣きわめいて命乞いしていればいいものを!」


不愉快な顔で舌打ちしながらそう言い放った法政は天井に吊るされた女子供たちの遺体に目をやった。

そして自分の腹に手を当て、ニッと笑い、跳んだ。


「紅月!お前をなぶる前に腹ごしらえさせてもらうよ!」


法政がガパッと口を開けて子供の遺体を喰らおうとした。

がその瞬間、顎に強烈な衝撃、牙の折れる音、そして激痛。

法政は地面に叩きつけられた。


「グァッ!ガハッ!!うぅ…クソッ!紅月ィー!!」


紅月の一撃のダメージは大きく、足にきているらしく、フラフラと立ち上がり法政は吠えた。


「引き裂いてやる!手足を千切って、身動き出来ないお前をこの獣の姿で犯してやる!」


怒り狂う法政には最早、冷静さの欠片もなく、陽の存在にすら意識はいかず、堂々と紅月に強姦を宣言していた。


当然それを聞いていた陽の表情が能力を発動することもないまま鬼の形相へと変わっている。


「陽!手出しちゃダメだからね。あたしの手で殺さなきゃ収まらない。あの子供たちや女性たちのこと、あたしにしたことへの怒りも。そして、この疼きも…」


そう言う紅月の表情が怒りから狂気を孕んだ笑みへと一瞬変わった。


「あんたが今まで人の痛みや苦しみを楽しんだぶん、あたしがあんたの絶望と苦痛を楽しんであげる。さぁ!来なよ!!」


法政という人間の男の面影は今の姿には無い。

狼男そのものと化した凶暴性の塊が紅月に向かって涎を滴らせながら迫ってきた。


そして、紅月の両腕を掴み、爪を食い込ませた。

ミシミシと音をたて骨が軋みだす。

が、紅月の表情は余裕そのものである。

次の瞬間、ドグッ!バキバキ!と鈍い音と何かが折れる音がした。


法政の手の力が弱まり、紅月が解放されると法政はその場で膝をつき、苦しみ始めた。


「あぐ…あぁ!胸が!骨が!痛い痛い!苦しい!!」


異能により強化された紅月の蹴りが法政の胸に入り、法政の胸骨は折れ、心臓をかすめていた。


紅月はうずくまる法政に近づきしゃがむと、苦しみ悶える姿を楽しそうに微笑みながら眺めた。


「いいねぇ、その無様な姿。ウケるウケる。もっと力を加えれば骨がぶっ刺さって死んじゃったかもだけど。それじゃあ簡単すぎるし償いにも罰にもなんない。償いは生きてるうちに。罰は死んで地獄で。ってね」


そう言って紅月は法政の頭を掴んだ。

起き上がらせ、右頬に一発、左頬に一発、顎に一発と殴りつけた。

拳を浴びたところ全ての骨は砕け、狼男の姿が解け始め、顔はほぼ元通りになっていた。


「あんたの償いは苦痛を味わうこと。明日は来ないと思い知ること。その現実に怯えながら逝くこと」


紅月は狂気じみた笑みを崩すことなく、楽し気な口調で法政に絶望を言い渡した。


自分を殺そうと近づいてくる女に法政の中で欲望は弱まり、恐怖が心を支配しようとしていた。

しかし、目の前の女に屈辱のひとつも与えなければ死ぬに死ねない。


カッと目を見開き、法政は残る力を振り絞り、獣の口を復活させ、手足で地面を蹴って、紅月に迫ると両足を掴んだ。

強く力を込めて、紅月の足を大きく広げた。


「クハハッ!いい格好だ!ヤるのは諦めた。このまま股から裂いて屈辱的に殺してやる!それともココからかじり殺してやろうか?」


ギリギリと広げられた足が軋む。

心に生まれる女としての羞恥と屈辱がさっきまでの狂気と怒りの力を妨げる。


法政は後者の殺し方を選んだようで広げられたままの足と足の間に顔を近づけてきた。


狂気の笑みが歪み、涙を滲ませた紅月の表情に我慢の限界を迎えた陽が白髪・赤眼へと変わり始めたその時、小さな影が目の前を横切っていった。


「異能…風神ノ刻!」


能力を発動した明星 流である。


一瞬で法政と紅月の間へと回り込み、風の刃を作り出し、手に纏わせ、法政の腕にザンッと一撃。


「な…にぃ!?」

法政も反応できず、両腕は切断され地面に落ちていた。


「ほんっと最低最悪だね、あんた!ヤり方も殺り方もマジ最悪!!キモい!さっさと死んじゃえ!!」


流が法政を罵り倒すと紅月もムクリと立ち上がった。

そしてさっきまで以上の狂気と殺気を放つ。


「バカな?女に、子供に?俺が…この俺がァァ!!」


両腕を失い、人間の顔に大きな獣の口の生えた醜く無様な姿で法政は叫んだ。


「獲物に狩られる気分はどう?残念だったね?最後の欲望、満たせなくて」


法政にニタリと笑って見せた紅月の手が赤黒い炎を発していた。


「狂乱ノ刻、秘呪その1・紅蓮ノ獄炎。じわじわと焼き尽くせ!」


紅月の言葉と同時に法政の体を黒い炎が覆った。


「グォォアァァァ!熱い!熱い!痛い!息が出来ない!死ぬ!死ぬ!助けて…助けてくれ!!」


必死に助けを乞う法政にフッと笑い紅月は言う。


「あと5分くらいで死ねるかな?多分ね。あたしは優しいから。ホントは3日はかけて焼き殺してやりたいくらいだけどね。もうあんたの顔、見飽きたし。5分が限界。良かったね?最後をこんな美少女二人に看取ってもらえて」


そう言う紅月の隣で流がフンッと親指を下に向けて見せた。


「熱い!苦しい!クソッ!糞女がぁっっ!!」


罵倒しながらもがき、のたうつ法政の体は足から黒焦げになり、崩れ始めた。


「あぁ、終わる!全部終わる!もっと女を、子供を!快楽を…」


下半身が焼き尽くされ、法政の個体としての存在が半分消滅した。


狼化していた口は焼け落ち、人の顔が戻る。

だが、どんな化け物より醜く腐り、堕落した法政という獣の紅月への欲望と憎悪の混じった苦悶の顔が晒された。


「オカス…クウ…コロ…ス」


法政は最後まで欲望を剥き出しにしながら燃え尽きていった。


「終わったな。紅月。結果、完全なタイマンとはいかなかったが。女子供に狩られたのは奴にピッタリな当然の報いだな」


陽の言葉に流がムッとして

「女子供の子供はあたしのこと?失敬な!もう14、レディーだよ?」


「あぁハイハイ」という二人の掛け合いに妙に癒しを覚えつつ、紅月は


「まだ仕事残ってるよ。吊るされた女の子、子供たちを下ろして、ちゃんと家族のもとに帰してあげなきゃ」


と陽と流に言い、気を入れ直した。




その数分前、アジト前にて。


ふぁーっと欠伸をひとつついた光司朗。

外でこれから運ばれてくる少女と少年を奪還、救助するべく待機中である。


「一応、チームを作ったのは俺、育ても俺よ?陽くん。置いてきぼりとか酷いなぁ。」


ぼやきながら流が酔い覚ましにと置いていったリンゴ酢を飲んでみた。


「ぶはっ!!ゲホッゲホッ!キッツイよ流ちゃーん…ヒック。ん?」


ブロロと車の近づいてくる音に気付き、光司朗ののんびりした表情は一変、険しく変わった。


車が止まり、中からガタイのいいスーツの男が1人、迷彩柄の男が1人降りてきた。


「ん?誰だ、お前。見かけん顔だが組織の新入りじゃないよな?警察っての面でもないな。ガキと女を助けにきたってヒーロー気取りのクチか?」


光司朗に気づいた男たちがズカズカと近づいて嘲笑混じりに問い質してきた。


「んー。助けにきたっつーか。まぁ外れじゃねーが。少なくとも遺体を取り返しに、と。そんで、できれば…お前ら死んでくれねーかな?と」


そう言って殺意剥き出しの鋭い目付きに変わった光司朗。


「!異能者…殺し屋か!!」

男たちは警戒して後ろに跳んだ。

そして、獣欲ノ刻を発動し狼男へと変わった。


「奇遇だねぇ。お前らも獣の力なワケ?俺もなんだよ」


不敵に笑う光司朗の姿が狼男へと変わり始めた。光司朗もまた多数いる獣欲ノ刻の覚醒者だった。


「ま、これでお前ら終わりだし?俺の本気と格の違いってやつを見せてやろうか。冥土の土産だ!」


そして更に姿形を変えていく。

身体中が毛で覆われ、どんどん大きくなったその10メートル以上はあるであろう獣は4足で地面を踏みしめ、鋭い眼光で男たちを射抜いた。


「な、なんだコイツ!獣人化じゃねー!獣そのもの、化け物じゃねーかぁ!!」

男の1人が怯んで言うと

「かまうか!獣人化した俺ら二人なら何とかなんだろ!」

そう言って男たちは獣と化した光司朗に飛び掛かった。


しかし、雄叫びをあげた光司朗の強烈な声の衝撃に男たちは気圧された。

鼓膜には痛みが走り、身体中に痺れのような感覚を覚え、動きが止まった。


「痺れたろ?身も心もな。だが、この雄叫びはモスキート音みたいなモンさ。お前らの耳、そして脳味噌に音と念波を送り、麻痺させた。さて…」


そう言って大きく変貌した獣の姿で男たちに迫り、顔を近づけて凝視した。

震え怯えながら、冷や汗を足らし首を横にブンブンと振る男たち。

これから自分たちがどうなるのかは己れが獣人の姿でやってきたことを振り返ればわかる。


男や少年であれば殺して喰った。

女や少女であれば飽きるまで犯し、喰った。

また、撮影してポルノとして売り物にしたり、売春させたり虐待したり…人としてあり得ない残虐非道の限りを尽くした。


「報い、罰。それが今か?嫌だ!助けてくれ!!」

心の中でいくら許しを乞おうとも、そこには傷つけ殺めてきた人々への懺悔、反省があるわけではない。

『死にたくない』結局全ては自己中心的な考えしかない。


男たちの心理を見抜いている光司朗は躊躇いなく口を開けた。

念波を通して男たちに言った。

「お前らは俺に生きたまま喰われるのさ。人々の倍の恐怖を味わって逝け」


バクッ!


頭から喰らい、そのままバリバリと噛み砕き、ゴクンと飲み込んだ。


そして、体毛は薄れていき、顔、体とも小さく、人の姿へと戻っていく。


「ゲフゥッ!!うわ、戻るタイミング間違えたー!人の姿であの二人の後味はキッツイわー!!」


光司朗はペッペッと唾液を吐き、隠し持っていた酒で鉄の香りと生臭い血肉の臭いを洗い流した。


一頻り洗い流した後、男たちが乗ってきた車のトランクを開けると、そこには中学生くらいの少女と10歳前後の少年が横たわっていた。

微かにスウスウと寝息が聞こえる。

良かった。生きていた。


「…なんとか二人、救えたな。生きててくれてありがとう。…さて。紅月、陽、流。お前たちのほうはどうだろね」


そう言ってアジトのほうに目をやった。



それから数分後。


法政を倒した紅月、流、そして陽は遺体の回収を済ませて死体袋に納めると手を合わせた。


紅月と流は目には涙、唇を噛み締め、救えなかったことを悔やみ、心の中では「ごめんなさい」を繰り返していた。


陽は二人にかける言葉が見つからず、自身も「もっと早く見つけていれば」と悔やみ続けるしかなかった。


長い3分間の合掌の後、陽が二人に向かって口を開いた。


「行くぞ。光司朗も待ってる。きっと運ばれてきた子供たちはあいつが助けてるはずさ」


陽が少しのポジティブな言葉をかけると


「…そうだね。きっと次の被害者は生きてはいる。それに、この子たちの心や魂は家族のところに帰れる。そうなんだよね…」


紅月は自分を奮い立たせるように涙を拭い、陽に向かって強がるように微笑んだ。


流もズビッと鼻をすすりながら頷き、ニッと白い歯を見せた。


冷えきっていた大きな冷凍室は闘いの最中に壊れたのか、いつしか機能を失い、僅かに生ぬるい空気が漂いはじめていた。


遺体を担ぎ、冷凍室をあとにして、長い階段を上がって3人が外に出ると日差しを背にコート1枚を羽織った変態…もとい光司朗の姿が見えた。


先ほどの闘いの獣欲ノ刻による変化で服は破れ、車の中にあった男たちの一人のコートをくすね羽織った次第…だそうだ。


涙を流し、死体袋の子供たちに合掌した後、鼻をかんだ光司朗は


「よくやった!ゲスどもの討伐ご苦労さん!この子たちを警察に送り届けたら、とりあえず飯行こう!俺のおごりだ!!」


暗い雰囲気を和ますように言う光司朗の腹が気になった陽が


「いや、俺らは今は食欲どころじゃないし、だいたいその腹…異様に出てるな。そういや子供たちを運んできた奴らの死体がなかったよな?また喰ったのか!」


陽の言葉に紅月、流が

「オエッ!」「えんがちょ!」と続けた。


「いやいや、奴らに相応しくガッツリ厳しい裁きをと思ったんだよ!そう考えるとドンピシャだとは思わないかい?陽くん…ゲフゥッ」


慌てて弁解しながらゲップをかました光司朗に


「悪食は控えろっての!毒属性の異能を隠してやがったら無事にはすまねーぞ!」


怒鳴る陽にニヤッと笑った光司朗は


「あれ?あれあれ?俺の心配してくれたワケ?可愛いとこあるじゃないの~!陽くん♪」


茶化す光司朗に陽は呆れ顔で背を向けて


「まぁ…お互い無事で良かった。けどもっと慎重に頼むな」


紅月、流、光司朗は少し照れたように言う陽に愛しさを覚えながら微笑んでいた。



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