第2話 呪われし者たち~外道を狩る[中編]

「せめてあたしを愉しませて逝ってよね?弱味噌ごみクズくん」


法政は紅月の挑発的な言葉にも余裕の笑みを浮かべ話を続ける。


「ところでキミ、美味しそうだよね?二重の意味で♪顔、スタイル、けっこうタイプかも♪」


イヤらしい意味を含めた口調で話しながら法政は紅月の足下から顔までを舐めるようにまじまじ眺めた。


「とりあえず壊れない程度にボコろうかな?いや刻もうか。多少は傷があるほうがそそるんだよね。綺麗な肌が痛々しく血に塗れて、苦痛に歪む表情がたまんないんだ。使い心地によっては暫くは殺さないで奴隷にしてあげてもいいよ?」


法政のいちいちゾクッと寒気が走るような、そして女子供を己の性欲と食欲を満たすためのモノとして扱う下劣極まりない発言の数々。

もはや紅月の目にも、また陽の目にもこの法政という存在が『人の形をしたソレ』でしかない。

命を意味する『殺す』という言葉すら烏滸がましい。

破棄すべきガラクタだ。


「いいね。あんたがとことんゴミクズで良かった。殺意は十分。あたしも遠慮なく狂える」


紅月の髪は法政への怒りに反応するかのように燃えるような赤色へと変化した。


「へぇ!キミも変化するタイプなんだ!その髪、綺麗な紅だね。まるで血のようだ。体はほとんど変わらないんだね。美しいままでいてくれて嬉しいよ。筋肉隆々なメスを痛めつけても楽しくないもんねぇ♪じゃ始めようかっ」


法政の爪と牙が更に鋭利になり、また一段と人間離れした姿になっていく。

次の瞬間、法政の姿が消えた。

紅月の背後に周り、ニヤリとした法政は「とった!」と心の中で言い、爪を振り下ろした。


バリッ! 

紅月の背をかすめ、背中と下着が露になった。


「思ったより早いなぁ。あ~あ、服また破けたし。ブラ紐いってない?」


そう言って紅月が陽と流のほうに背中を見せた。


「あぁ大丈夫。切れてねーよ。てか恥じらいってモンがないのか、お前は」

陽が少しだけ照れたように呆れ顔で言う。


「陽にぃだからオッケーなんじゃん?」

流がからかうように陽の顔を覗き込んだ。


陽はうるさい、とばかりにフンと顔を逸らした。


「さて、服ダメにしてくれたぶん返そうかな。さっきの一撃からして、あんま長く楽しめそうにないし、その流れでトドメといきますか!」


紅月がニッと笑い、拳を法政に向かって突きだしながら言うと


「おかしいな。とったと思ったのに。白くて綺麗な背中を刻んで、血が流れて、彼女の悲鳴が聞けるはずだったんだけどな。まぁいいや。次は前から襲ってみようかな?」


少し苛立ちを見せたかと思いきや、直ぐに余裕を戻し、ベロリと舌舐めずりしながら法政は紅月に向かって地面に伏せるような体勢で構えた。


シュン!

四足で地面を蹴り、獣のような体勢での高速移動。


紅月の眼前に法政の邪悪な笑み、そしてガバッと開いた口、鋭利な獣の牙が迫っていた。


「!?痛ぅ!!」


咄嗟に後ろに跳び、回避しようとしたものの、法政の獣の牙は紅月の肩を少し抉っていた。


「ぐ…いつの間に…」

紅月が息をやや荒くして呟いた。


法政は紅月に飛びかかる瞬間に映画よろしくの狼男、いわゆる獣人の姿に変貌していた。


「うーんデリシャス。やっぱり美少女の肉は格別だよ。ちょっと抉っただけでこんなにいい味なんて。しかし先に普通の意味でキミを食べちゃったねぇ。ちょっと予定が狂ったけど。次はバッチリ行動不能にしてキミの性を楽しんであげるよ♪」


いちいち気色の悪い言い回しが感にさわる。

しかし、こいつの異常な性癖『カニヴァリズム』への執着、執念が与えたであろう異能。

この『獣欲ノ刻』は欲望の強い奴ほどその欲に応えるように真価を発揮する。

正に法政の性格にはうってつけの能力だと言える。


「あいにくアタシは獣姦される趣味はないんでね。獣臭プンプンな体で触られんのはごめんだね!」


そう言った紅月は法政に向かってビシッと中指を立てた。


ニヤリとした法政の姿が消えた。

先ほどより更に速く、地面を蹴る音は聞こえるが動きが全く捉えられない。


紅月が背後に気配を感じ、反応するが遅かった。

後ろから胸に手を回し、左胸を握り潰さんばかりに強く掴んだ。


「ぐ…あっ…!」


痛みに喘ぐ紅月。

法政はそんな姿に興奮を覚えながら嘲るようにニタリと笑い力を込める。

鋭利な爪が僅かに紅月の胸に食い込んだ。


「あぐっ…あぁっ!!」


紅月は苦悶の表情で悲鳴に似た声をあげた。


「いいね!いいねぇ!!これだよ、これ!この顔、この声、この感触!!やっぱりキミは全面的に俺のタイプだよ♪さぁもっともっと痛がって嫌がって苦しんで楽しませてよ!」


法政は更に爪を食い込ませ、紅月の下半身に手を伸ばし、スカートの中に手を入れようとした。

その瞬間ー


ゴキャッ!!

法政の頬骨が音を立てた。

そしてぶっ飛び、壁に激突した。

揺れた脳でフラフラとしながら法政が立ち上がり、元いたほうへ目をやると、そこには怒りに満ちた眼光でこちらを睨み付け、紅月を抱き上げた狩神 陽の姿があった。


「悪い。紅月。限界だったわ。横槍、入れさせてもらうぜ」


子供たちを売買し凌辱し喰らい、更に紅月を辱しめた法政への怒り。

蓄積され、溢れるような憤怒を抑えきるのは不可能だった。


「痛いなぁ。邪魔しないでほしいなぁ。いいのかい?陽くん?紅月ちゃんは俺を殺すって言ってたよね?タイマンに横槍はいけないと思うなぁ?」


苛立ち混じりにニヤニヤした顔で法政が言った。


「てめえがごちゃごちゃ言えた立場か、ゲスが。…吊るされてる子供たちのぶん、今までの犠牲者のぶん、そして紅月のぶん。全てお前の体に叩き入れて処刑してやる」


そう言った陽の髪の色が真っ白に変わっていく。

更に黒目が赤へと変わり、角こそないものの、さながら鬼のような姿である。


「!?その姿は『邪鬼ノ刻』!この異能に憑かれた者の多くは呪毒の強さに耐えきれず死に至る。よしんば覚醒し力を得たとしても鬼の呪いに心まで喰われて理性を失う。あり得ない!自我を保ったままこの異能を持ち得るなど!!」


先ほどの余裕を完全に失った法政は怯えたように言った。

そして気づいた。

数年前、異能を駆使して任務外の悪人を独断専行で大量に殺した『愚者』と呼ばれた少年がいた。

鬼に憑かれたように、楽しむように、残酷に。

その少年は白髪に赤い目をしていた、と。


「あ…あ。狩神 陽。お前は『愚者』そして『邪鬼ノ刻』を得た異端の異能者。獣程度の俺とは比べものにならない鬼。化け物じゃないか」

法政は心の中でそう言い、心底恐怖した。

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