四話 魔女との三者面談

 海風が時折強く吹く。

 東京の東にある大瀑布から帰還するための船舶を作るようになって、海風にはすっかり慣れたつもりだったが、緊張している時に浴びる海風は、いつもに増して重く感じる。

 浩成はプレハブの外から遠巻きに見つめる同僚達の視線を受けながら、対面に座る女に改めて意識を向ける。

 特徴的な格好の女だ。何しろ全身黒づくめで、頭には魔女帽子。帽子さえ無ければ、リクルートスーツと言い張ればどうにかなるかもしれないが、魔女帽子がどうしても目を引く。おまけに、座る彼女の隣には、穂先に淡いピンクのハンドバッグと、黒のショルダーバックがそれぞれ括り付けられた箒が立てかけられている。

 顔見知りなら多少はやりやすかろう、と上司に言われ、目の前の魔女の担当を言い渡されたのが数分前。知り合いだと言っても、2日前に越してきて、その時に挨拶をしただけだ、と言っても相手にしてもらえなかった。

「で、えぇと……」

 改めて、石橋の格好を眺める。

「あまり見ないでください」

 消え入りそうな声で、体をすぼめて声を発する。向かいにいる浩成にも充分に聞こえなかったのに、何故かプレハブの外にいる同僚の方が非難の声を浩成に投げかける。

「魔女の帽子は取らないんですか?」

「これで人の視線も遮ることが出来ますので、取るのは許してください」

 外を歩いている時ならば、確かに魔女の帽子を取った方が視線を集めないかもしれないが、プレハブ内で、周囲から監視されているような状況であれば、確かに帽子はかぶっていた方が人の視線を遮ることができるかもしれないな、と納得する。

「じゃ、改めて質問、いいか?」

「え、あ、はい」

 浩成の隣に座っている五郎がかすれた声を発する。今日初対面の老人に、それも眉間に皺を寄せ、責めるような視線を向けている相手に声をかけられ、石橋の肩が小さく跳ねる。

「あんたはあそこで何を?どうやってあそこまで行ったのかは、伝え聞いちゃいるが」

 着港している船の甲板に登る方法は大きく2つ。整備用の梯子を立てかけて登るか、船の外側に備え付けられていふ梯子を使うかのどちらかだ。

 石化し、強度のわからない船外の梯子を使うのは危険なので、整備用の梯子を使って今は甲板上の調査を行なっているところだ。ただし、梯子という特性上、一度に登れる人数は限られており、全員が登るのに時間がかかる。一度に船内に入るための方法も、あるにはあったのだが、船が石化しており、まともに作動しなかった。外にいるのは順番待ちで時間を持て余した人間だ。外から浩成たちの様子を見ている彼らはとても順番待ちをしているようには見えないが。

「あ、私はそこにある船が、想像してる通りのものかを確かめてました。あそこまで大きいのは初めてですが、あれくらい大きいものだと結構長いこと使えると思います。ただ、大きすぎるので、ちょっと削るか、部分的に砕いて、ちょっと小さくした方が使い勝手はいいと思いますよ。あ、ごめんなさい、こんなこと言われなくてもわかってますよね。ごめんなさい。やっぱりあそこまで大きいと、大きいままじゃないと試せないこととか、ありますし、それに」

「ちょ、ちょっと待って!!」

 石橋の言葉には、浩成たちが思っていた以上に情報が詰まっており、隣に座る五郎とともに、しばらく聞き流してしまった。

「あ、ご、ごめんなさい。わたし、人の意見無視して自分の意見ばっかり言ってしまう癖があって……」

「それは大丈夫。俺らもそういうところあるから」

「はじめに確認したいんだが、あんたらはあれと同じ性質のものを使ってたんだな?あれはなんだ?なんと呼んでる?」

「あれが何かはうまく言えません。私たちは、宇宙から来たものだと思っていたので、メテオラと呼んでました」

 メテオラ、と口の中で繰り返す。宇宙から来たものだと思った根拠はなにかわからないが、今そこにある船の形をした石は、何年か前に浩成達が送り出したものだ。宇宙から来たものでは決してない。

「あそこまで大きいのははじめて、と言ったな?ということは小さいものなら見たことがあるのか?」

「えぇ。森の中ではよく落ちてましたので、それをすりつぶして使ってました」

「ちょ、ちょっと待ってね!」

 先ほどから慌ててばかりだ、と思うが仕方がない。状況が浩成をゆっくりさせてくれない。

 浩成はプレハブ内にあるホワイトボードへと駆け寄り、そこに先ほど聞いた石橋の言葉を箇条書きにする。

 ・小さいものは身近にあった

 ・あそこまで大きいのは初めて

 ・大きいと使用時間が伸びる?

 ・小さい方が使い勝手はいい

「あとなにがありました?」

「あの大きさのままでないと試せないことがある、だ」

 そうだった、と浩成がホワイトボードに書き足す。

 ・大きさごとにできることとできないことがある?

「森の中で拾ってた、って言ったけど、それはどこの森?」

「ごめんなさい、それは言えないんです。言っても認識できないと思いますし、たとえ聞こえても近寄れないと思います」

 またわけのわからないことが出てきた、と頭を抱える。

「じゃあ、その森が特殊な環境にあったってことでいいか?」

「はい」

 一番上の項目の身近、という言葉に二重線を引き、特殊な森、と書き足す。

「今までみた中で、一番大きかったのは、どれくらいの大きさだ?」

 石橋が、視線をほんの一瞬部屋の隅に向けたのが、浩成は気になった。それはやましいことがある妹が、浩成に言い訳をするときの動作とよく似ていたかもしれない。

「そこにあるロッカーぐらいでしょうか」

 そこ、と言われ、先ほど視線を向けた先に顔を向ければ、確かにロッカーがある。

「なるほど。今までであれが一番大きなサイズなら、今回の船はそれこそ規格外だな」

「はい。だからわたし、あの船がテレビに映ったとき信じられなくて。いても立ってもいられずに、ちょっと調べさせてもらってました」

「大きい方が使用時間は長くなるのか?」

「使い方によると思いますけど、私の使い方なら、大きければ大きいほど長く使えます。……見てもらった方が早いですね」

 石橋は、箒に縛っているショルダーバックから、なにやら小さな瓶を取り出した。食卓に有れば、調味料でも入っているようなその瓶の中には、薄く青に光る砂が入っている。

「それは?」

「メテオラを粉末状に砕いたものです。あの船はこれと同じ性質を持っていると思います。これを」

 石橋が瓶の中の砂を少量、指先で摘める程度机の上に取り出す。

 浩成と五郎の視線が砂に集まる中、石橋が指先をメテオラに向け、小さく円を描いた。

「む?」「こりゃ、どうなってる?」

 まるで、石橋の指先の動きに従うようにして、メテオラは動きを続けている。

 興味に動かされ、浩成は砂に手を伸ばす。

 特に暖かいということもなく、感触もサラサラとしている。しかし、石橋の指先とメテオラの間に手を差し入れると、メテオラは活力を失い、机に横たわる。机の上にある砂を撫でてみるが、そこにあるのはただの砂だ。

「お前は……もうすこし躊躇するという事をしろ」

 隣から呆れたような声が響いたが、隣からも砂に向けて手が伸びてくる。指先で摘み、すりつぶすようにして動かす。

「こうしてみてもただの砂にしか思えんな……。どうやって動かした?」

「魔力を込めて動くように念じました。まだ未熟なので、見えなくなると先ほどのように動かせなくなってしまうんですが」

 魔力、と吾郎の口が言葉を発する事なく動いたのを浩成は認めた。五郎の心中は察するにあまりある。浩成も同じ気持ちだ。これまで技術者として、動力をどうするか、船体のバランスをどうするか、と船を動かすために昼夜を問わず計算し、実際に動かして想像と違うことなどままある。それを、魔力などというよくわからないもので簡単に動かされたのではたまらない。

「石橋さん、これは、こういった使い方しかできないのですか?」

 原理はよくわからないが、思った通りの動きをさせることができる、というのは非常に便利だ。便利ではあるが、用途がこれだけとは思えなかった。

「いえ、他にも色々できますよ?ここではやりませんが」

 ほかに何かやってくれ、と言おうと開いた口を浩成は大人しくつぐむ。なぜか隣で笑みを浮かべている五郎に少しの反感を覚えるが、今はそこに突っかかっても仕方がない。

「じゃ、大きさによって使用目的は変わるわけか。今見せてもらったような使い方なら、小さい方がいいと」

「そうなります」

 むぅ、と五郎が隣でため息をつく。

「じゃ、あの船から少々かけらを採取させていただきますね」

 自然な様子で立ち上がり、石橋が部屋から退室しようとするのを、浩成はその手を掴んで止める。

「いやいやいや。どうして許されると思ったの?!」

「え、事情話したじゃないですか。事情話したら対価の支払いがあるのは普通のことでしょ?」

 あ、確かにそうかもしれない、と納得しそうになるが、隣から鼻で笑う人がいたので首を傾げる。石橋から手を放し、五郎を見る。

「確かにあの船が所有者不明で、わしらが困ってる時に持ってきたらそうかもしれんがな。あの船はわしらのもので、わしら自身の手でここまで持ってきたんだ。あんたは私有地に勝ってに入り込んで、家の物を持って行こうとしてただけだろが。盗人にやる対価なんぞない。むしろここで確保せんだけ十分な対価だと思ってもらおう」

 口を尖らせる仕草に愛らしさを覚え、ほっこりする浩成をよそに、五郎は腕組みで徹底的に交戦する姿勢だ。2人が火花をちらすのを幻視した浩成は、この場にいるものの一人として、どうにか場を納めなければいけない、と頭を巡らす。

「ところで、こんな時間に船の様子を見にこれるってことは、まだ学生さん?」

 二人のうち、どちらか片方の気を反らせればいい、と思い、一番初めに思いついた素朴な疑問を石橋にぶつける。

「あー……えっとー」

 見るからにうろたえた石橋は、五郎から視線を逸らし、何かをボソリと呟いた。

「え、なに?」

「今、就活中です」

 そっかー就活中かーと、思いがけず出てきた予想外の答えに現実逃避する。普通の人ができないことができる魔女なら、冒険者になれば引く手数多だと思うのだが。民間はまだまだ遠距離操作の精度が甘いので、石橋の魔法は喉から手が出るほど欲しいと思うのだが。

「ふん。ならうちに就職しろ。社員ならあの船にいくら触ってもいいし、研究室で分析する手伝いもできるだろ」

「え、そんなことできるんですか?!」

 いとも簡単に言い放つ五郎に、石橋が驚きの声を上げる。

 浩成も思わず五郎の方を見つめる。五郎は一瞬浩成と視線を合わせると、石橋に視線を向ける。

「目の前で無職の小娘がおって、わしはそれを解決できる立場にある。あんたは無事に就職先を見つけて、あの船のかけらもまぁ、多少なら手に入る。なにか不都合なことがあるか?」

 首を勢いよく左右に振り、ふまんがないことをアピールする石橋。

「よし。じゃ、お前、この小娘の面倒みろ。あんたもそれでいいな」

 有無を言わさない口調でそう言うと、五郎は立ち上がり、プレハブから一人先に出て行った。

 あとに残された浩成と石橋は視線を合わせ、どちらともなく頭を下げあったのだった。

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