一話 彼の日常
東京。
平面上にあるこの地球で、東の端に位置する国、日本の首都であり、その人口は地球上でも1、2位を争う。その理由は、日本のさらに東にある大瀑布。海の終わり。人のたどり着けるその終着点。そこから先に進むための手段はいまだに見つかっておらず、その先に何があるのかを求めて、多くの冒険者が訪れる。その歴史は長く、鎖国中も密かに冒険者を受け入れ、その先を見ようと多くの冒険者が姿を消した。
しかし、大航海時代を終え、第二次世界大戦を終えた今でも大瀑布の先を見たものはだれもいない。今では大瀑布を見ようとしたものは死ぬとまで言われている。
死ぬと言われるような場所だからこそ、近くにあれば調査をせざるを得ない。なにしろ、調査に向かった人のことごとくが死んでいるのだ。おまけにその死因すら分かっていない。ならば、調査をしなければ、近くに住んでいるだけで死んでしまうかもしれない、という恐怖を振り払うことは難しい。
「せめて敵がはっきりわかったらなぁ・・・・・・」
大瀑布越えのアイディアを出し合うディスカッション中、浩成は呟いた。せめて大瀑布で何が起こっているのかがわかれば、どこを強化していけば良いのかがわかる。恐ろしく強靭な生物がいるの出あれば、その生物を撃退できる武器、もしくはその生物から逃げ切るだけの速度を。大瀑布からある程度進んだ先で外的要因によって移動手段として使っているものが破壊されるのであれば、装甲を厚くすればいい。ところが、原因がわからないのでいまはただ闇雲にその時代における最新の技術でもって船を作っている状態だ。
「敵ならこれ以上ないほど分かりやすいのがいるじゃねぇか。時間と金と資源だよ」
浩成の呟きに開発する上でどうしても立ちふさがる的の名前を挙げたのは、浩成の隣で無精髭をさする男だ。浩成とは同期入社をした男で、名を鎌星矢月という。なかなか物騒な字が入っている名前だが、基本的には良い人間だ。もっとも、初対面の人間にはその名前の通りの対応をする困った一面も持っている。
「その敵はいまは考えないでおこうぜ・・・・・・。どうやって大瀑布から生還できる船を作れるか、冒険者を向こう側に引き止めてる敵をいまは考える時間だ」
「・・・・・・せめて、機体の一部でも帰って来てくれれば・・・・・・、分析もできるんですけど・・・・・・」
「はぁ?大瀑布は下に落ちてんだ。一部だけ帰ってくるなんてことあるわけねぇだろ。帰ってくるとしたら、生還者も一緒で、そうなったら機械以上に雄弁に何が起こったのかを説明してくれるさ」
怒気混じりの鎌月の言葉を当てられて凹んでいるのは、浩成の後輩である桜池まさゆき。気弱なところがあるが、なかなかにいい技術を持った若者だ。
「まぁまぁ。鎌はそんなに殺気立つなよ。そんなんだから彼女作ってもすぐに分かれるんだぞ」
「はぁ?!いまそれは関係ないだろ!!」
「いやいや。そうやってすぐに怒鳴って相手を威嚇するから、周りの人間が自由に意見を出せなくなるだろ。だからすぐに怒鳴るなよ」
再び怒鳴ろうと口を開けた鎌星に人差し指を向けると、なにが言いたいのか察したらしい。口を閉じ、腕組みをしてその大きな身体を椅子の背もたれに全体重を預けた。いきなりの攻撃に、椅子がギィ、と抗議の声を上げるが、それに応じる鎌月ではない。
椅子には申し訳ないが、鎌月が黙ったことで、会議の空気は弛緩した。その後も色々なアイディアが出されたのだが、帰還できない根本的な原因がわかっていないので、画期的なアイディアかどうかの判断が誰にもつかない。とにかくこれは良さそうだ、という推測のもと、2、3のアイディアが採用された。
会議はそれで終わり、その日の仕事はそれで終了となった。
社外に出ると、一陣の風が浩成を撫でて行った。その寒さに思わず身震いをし、季節の移り変わりを意識する。時計を見れば、まだ5時半。だというのに、周囲はすっかり暗くなっている。ついこの間まで、この時間は明るかったのに、と思いつつ、駅までの道のりを歩いていく。鎌月は自転車ですでに帰り、桜池はまだ研究室に残って何かしている。
浩成も桜池に付き合うつもりだったのだが、シューティングのゲリライベントの発生をSNSで知り、一刻も早く帰ってイベントに参加するという任務ができた。特に残ってやらなければいけない、というわけでもないので、今日は帰ることにした。
腕時計を見ると、駅に着くとちょうど電車がくる時間だ。急ぐ必要はない。急いでも電車は早く来てくれないので、そのままのペースを維持する。
空には昨日よりもわずかに小さくなった月が登っていた。
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