隣の魔女と、空の幽霊船
皐月 朔
序章 深夜の来客
「いい加減結婚しろって言われてもなぁ・・・・・・。まだ一人が楽しいしなぁ」
ディスプレイに映るゲーム画面を見ながらコントローラのボタンを連打する。連打した数だけ自機から弾が発射され、敵機を撃墜していく。
呟くのは先ほどかかってきた母親からの電話を思い出してだ。都会に出た子供、それも息子に親から結婚の催促がくるなど、創作の中だけの話だと思っていたが、まさか自分がその当事者になるとは思っていなかった。来年で三十。結婚どころか、彼女を作ろうとしたこともないの。浩成からしてみれば、購入していないし、名前も聞いたこともないゲームを初見ノーミスでクリアしろと言われているようなものだ。
ゲームがひと段落したところで、一度コントローラを置く。学生の頃にくらべると、かなり少食になったなぁと思いつつ、画面横に置いたマグロの刺身で醤油を一撫でしてから口に運ぶ。舌触りのなめらかなマグロの刺身の食感を楽しみつつ、温めた日本酒を口に当てる。
日本酒の濃厚な香りが口から鼻に抜ける、その瞬間が至福の時だ。
多少酒を飲んだところでゲームに支障はない。再びコントローラを手に持ち、ゲームを再開しようとすると、部屋のインターホンが鳴らされた。
居留守を使うつもりはなかったのだが、時間はすでに夜中の11時。宅配便もこんな時間には荷物を届けに来ないし、こんな時間に連絡もなくいきなりくる友人もいない。インターホンがなったことに気がつかなかった。その音がインターホンであると気がついたのは、2回目が鳴らされてからだ。
しまった、もしやうるさくしすぎて苦情でもくるのだろうか、と内心身構えながら玄関に向かう。
「はい・・・・・・?」
酒を呑んでもあまりゲームの腕前に影響はないが、歩行にやや難が出てくる浩成はフラつきながらも玄関にたどり着き、警戒心を前面に押し出しつつ玄関の扉を少し開けた。冷たい外の空気が室内に流れ込んでくる。
すると、そこには冬の綺麗な空に浮かんだ月に照らされて綺麗な女が立っていた。体は扉に対して斜めに立っており、顔は空を向いている。どうやら月を見ているようだ。
首をかしげ、知り合いだろうか、と脳内で人物検索を行うが、一致する名前がない。そもそも、ここまでの美人であれば、知り合いであれば名前を覚えている。さて、こんな時間に一体なんの用か、と思う浩成。この時間にいきなり押しかけてくる相手に色っぽい展開を期待するほどエロ本に影響されていないし、こちらから手を出して警察にお世話になりたくもない。
「え・・・・・・っと、どちらさまですか?」
不信感を前面に出しつつ声を出すと、相手はその時扉が開いたことに気がついたようだ。弾かれたように浩成の方を向くと、勢い良く頭を下げた。頭の動きに少し長い髪が追従。女のシャンプーの匂いであろうか、甘い匂いが浩成にとどく。
「あ、えっと、夜分遅くにすみません!!先ほど隣に越してきた石橋と申します!!これ、つまらないものですけど!」
そう言って差し出してきたのは、白いビニール袋だ。あっけにとられて差し出された袋を手に取る浩成。失礼とは思いつつも、中を覗き込めば、どこかのお土産であろう。小さめの紙箱が入っていた。
「はぁ・・・・・・。これはどうも丁寧に・・・・・・」
こんな時間にわざわざ来なくとも、明日の夕方にでも渡してくれればいいのにと思っていると、石橋はもう一度頭をさげると隣の扉を開け、自分の部屋に入っていった。
「なんだったんだ、一体・・・・・・」
親の電話に影響されて、理想の女が隣に越してくる妄想でも見てるのか・・・・・・?と思いながら部屋に引っ込み、そのままゲームを再開する。
しかしそのあとはなかなかスコアが伸びずに、時計を見ると日付変更ギリギリ前だったので、そのまま寝ることにした。これが、隣人石橋との出会いだ。
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