滅びの美

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滅びの美

 春。ある高名な寺院が燃えた。テレビで観ていた俺は、川の対岸からそれを見ていた。石造りの壁面に開いた窓から、中で燃えさかる炎が見える光景は美しかった。

 秋。ある高名な城が燃えた。テレビで観ていた俺は、近くの高台からそれを見ていた。木造の柱が焼け落ちる光景は、美しかった。春に見た光景よりも美しく見えた。

 ここまで順調に歩んできたのにもかかわらず、就活に失敗し、未だ内定の一つも無い俺の人生に重なって思えた。


 そして、俺は思った。もう一度見てみたい、と。


 やっぱり、見るなら木造建築の焼け落ちる姿が良い。しかし、ただの木造建築ではダメだ。その建物自体の価値が高いものでなくてはならない。思うに、美を生み出しているのは建物を燃やす炎ではなく、価値を燃やす炎ではないだろうか。だとすると、かの金閣寺はさぞ美しく燃えたに違いない。

 金閣寺ほど美しく燃えるものはそんなにないので、そこまで求めないが、やはりそれなりのものでなくてはならない。記憶を探ってみると、実家の近くに県の重要文化財に指定されている神社があったのを思い出した。先の二例からするとだいぶ格が下がるが、その分警備は薄いだろう。これから他のものも燃やしていけばいいのだ。


 三連休。実家に帰る。お袋が、俺の就職先が決まらないことを不安がっていたが、「高校の時の友人に会う」と言って振り払ってきた。

「最近物騒だから気をつけなさいよ。最近向こうの豪邸で連続殺人があったのニュースで見たでしょ」

とお袋が言う。そういえばそんなニュースを見たのを思い出した。現場の豪邸は「向こう」という程近いとは思わなかったが、それは車を使う者と使わない者の差だろう。まあ、そんな事件は俺に関係無い。むしろ物騒なのはこれから俺がしようとしていることなのだから。


 件の神社へ向かった。季節柄、日は短くなりつつあるが、まだ明るい時間である。炎を見るのは夜が良い。火を付けるのがバレないためにも夜が良い。

 では、何故今向かっているのか。それは下見のためである。火を付ける場所やその後の鑑賞ポイントも把握しておかねばならない。

 大して混んでないだろうと思っていたが、神社は予想以上に空いていた。女の二人組がいるだけだ。

「観光ガイドとか買ってこなかったので、色々教えてもらえて良かったですね」

「ああ、一日で片付くとは思わなかったな」

などと会話しているのが聞こえる。この分だと色々見て回っても問題は無いだろう。表だと道路から丸見えなので、裏に回る。どの辺りが良いか物色していると、再び声が聞こえてきた。

「先生、裏なんか見てどうするんですか」

「建物で大事なのは表だけじゃない。裏もなんだ。夏目くんも覚えておくといいよ」

などと話しているのを聞き流しつつ、着火ポイントの目星を付けた。

 次は鑑賞ポイントだ。なるべく見晴らしが良く、神社を焼く炎を美しく鑑賞したい。参道だとあまりに近すぎて怪しまれそうなので、その先に続く公道が良いだろう。色々角度を変えて眺めて見る。先の女性たちがまだ境内にいるのが見えた。

「先生、そろそろ帰りましょうよ」

「もうちょっと良いじゃないか。ここまで来ることなんか滅多に無いんだから」

と言い合っている声が微かに聞こえた。そうだ。今のうちによく見ておくと良い。今夜には燃えるのだから。


 夜。日付が変わる頃、カバンにライターと新聞紙を入れて実家を出た。一直線に神社へ向かう。ああ、あの美しい光景を再び見られるのだろうか。期待と不安が入り交じった心情だ。境内を照らす灯りは無い。暗闇に紛れて神社の裏手へ回った。新聞紙に火を付ける。それを柱へ近づけたその時。脇から勢いよく粉がまき散らされた!

「そこまでだ」

女の声である。

「ホントに来ましたね……。ビックリです」

違う女の声もする。それを聞いて気がついた。この二人は昼間神社で見かけた二人組だ。声のする方を見ると、片方は手に消火器を持っていた。

 何故だ。何故こんなことに。悔しさが心に溢れる。

「どうして……。どうしてわかった?」

という言葉がだけが口から漏れ出た。

「どうして……?どうしても何も、昼間の君の行動を見ていれば明白だろう?神社に来たにもかかわらず、参拝もせずに裏手へ回ってはジロジロ見ているし、かといって何か記録しているわけでもない。その後は神社の前の道をウロウロ。これでよく怪しまれないと思ったな」

そう言われて自分の行動を思い出す。……確かに怪しまれても仕方が無い気がしてきた。あのときは「美」を生み出すことに夢中で周りからどう見られているかまではあまり気にしていなかった。

「警察はもう呼んでいる。まぁ、未遂だからそれほど重い罪には問われないだろう。署で詳らかに話してくるんだな」

犯そうとしていた罪を諭されるが、あの美しさを再び見られなかった俺にとっては喪失感の方が大きくてあまり耳には入らない。それに、もっと気になることがある。パトカーのサイレンが聞こえてきた。最後に俺は訊く。

「お前は……何者だ?」

「私は湊川灯子。しがない探偵さ」

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滅びの美 19 @Karium

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