2-2




「新入生挨拶。新入生総代、霧原雪仁」

「――はい」


 入学式。新入生の代表として呼ばれた雪仁が立ち上がると、式場に存在する人間の目線がわっと自分に集まるのを感じた。それらを無視して歩き出すと、ひそひそと話す声が聞こえる。


「キリハラってほら――」

「角にある大きなお家の――」

「財閥の――」

「ここに入るなんて――」


 うるさいな、と思ったが、仕方ないか、とも同時に思い、波立ちかけた心を平らに戻した。雪仁の家はここらでは有名な豪邸で、父は霧原財閥の三男だった。そして雪仁が選んだここは高校のランクとしては上の下くらいで、悠仁や白雪が超名門の一貫校に入ったのを考えると、雪仁についてひそひそと話したくなるのも仕方ないだろう。



「あたたかな春の訪れと共に――……」



 挨拶を読み上げながら、雪仁は今日の夢について考えを巡らせる。何故かといえば、今日は久しぶりに『夢だ』と気付かない夢を見たからで、なおかつその内容が三年前の、兄――悠仁ヒサヒトとの面談という、雪仁の体験そのものだったからである。


 懐かしい。あれからしばらく悠仁の面談は続いた。半年ほど経って、あの人達を納得させて、精神科医のカウンセリングという無為な行為をやめさせることができるだけの報告書やら診断書が書けたんだが、適当な言い訳が思いついたんだか、なんだか知らないが悠仁は雪仁のカウンセリングを終了した。そして悠仁以降、雪仁の元に精神科医が送られることは二度と無かった。

 そして二年前に、家での用事は済ませたとばかりに、何やら確固たる意志を持って海外へ渡っていった。どこの国に行くのか、何にしに行くのか、少しでも雪仁に伝えていれば記憶力の良い雪仁が忘れるはずはないので、奴は本当に何も言わず去っていったという事になる。



 悠仁は雪仁のことを『わからない』と言ったが、雪仁も悠仁のことはわからない。普通に考えて、家族には留学先やら留学の目的程度の情報くらいは伝えて行くだろう――と思いかけて、いや、自分以外には伝えていたのかもしれない。と思って、雪仁はこの事についての思案をやめた。



 雪仁は悲しいのも嬉しいのも、あまり好きではなかった。


 感情は揺らしたくない。だって、夢見が悪くなる。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る