第10話 遊び
「それにしても、まさか神人と会えるとは思わなかったな」
遊戯室で俺はキューを構えながらそう切り出す。
「あらあら、まさか私達は仙人みたいな場所にしかいないと思っていたの?」
ベルフェゴールのからかいを含めた問いに俺は黙って白球を③と銘打たれたボールにショットする。
「……外れた。ただ、魔族よりももっとポピュラーなエルフや巨人と先に会えるのかと思っていた」
ボールは掠りもしなかったので、俺は順番をハクアに譲った。
「ホホホ、エルフや巨人はそれこそ秘境の奥に住んでいるわよ」
ベルフェゴールの笑い声がいやに耳へついた。
今、俺たちがいるのは屋敷に備え付けられた遊戯室で俺とベルフェゴール、そしてハクアの3人で遊んでいた。
ちなみにショコラとアロウは野外で弓の訓練を行っている。
「次は私の番ですね」
回ってきた順番にハクアは気合を入れて移動させた踏み台に乗る。
「ハクアちゃん、もっとリラックスしてね。そんな調子だと男を溺れさせることはできないわよ」
ベルフェゴールがハクアの背に回って指導するのは良いが、もっと良い表現方法はなかったのだろうか。しかもハクアも笑顔で頷いているし。
「ベルフェゴール、あまりハクアに変なことを教え込むなよ。アロウはともかくショコラが煩い」
俺は中立、そしてハクアはベルフェゴールとすぐに打ち解けたのだが、ショコラとアロウが今でもベルフェゴールに反感を持っている。
まあ、アロウは単にハクアが余計な知識をつけることに危機感を覚えているだけなのであまり問題にしていない。
だって前にベルフェゴール仕込みの幻術によって大人になったハクアを見たアロウは目を白黒させていたからな。
その後、皆の生温かい視線に気付いたアロウはベルフェゴールやハクアに対してではなく、何故か俺に烈火の如く炎の怒りをぶつけてきたのは理不尽だったが、アロウの態度によって不問としている。
大人版ハクアにキスされた直後のアロウの百面相は見ていて面白かったぞ。
余談だがその際に俺を助ける者は皆無だったということを付随しておこう。
が、ショコラは違う。
「お前とショコラは過去に何があったんだ? ショコラはベルフェゴールだけに対しては慇懃無礼な態度を取り続けているぞ」
ショコラは俺が出られない代わりとして屋敷と都市を往復の役目を持つ必要な人物だ。面倒見がよく、性格もさっぱりしているのでアロウやハクアはもちろんのこと、来客からの評判もいいのだが、何故かベルフェゴールにだけは警戒心を抱いているようだった。
その問いにベルフェゴールはにんまりと唇を歪めて。
「私はショコラの過去を知っているからね」
と答えたので、俺は先を促したのだが。
「残念だけどショコラが話そうとしない以上私から話すのはマナー違反だわ。そのことについてはショコラ自身から聞いて頂戴」
けど、まあ。
ベルフェゴールは続けて。
「過去を完全に消すなんて不可能だし、そして人の口にも戸は立てられない。そして見たところあなたはその程度の過去でショコラを軽蔑したり追い出したりしないのに、必死に隠すなんて滑稽以外の何物でもないわ」
「そう思うのならショコラに促してやればいいじゃないか」
「いやよ、そんなことをすればたとえ善意でも私は殺されるでしょうね。これは比喩でなく真剣よ。魔族が扱う幻術というのは一般的に心が強い者には効きにくいから。殺意一色で染まったショコラは下手すれば神人でも敗れるわ」
「そんなに強いのか……」
「ええ、亜人の中でもショコラは別格よ。だからこそ素直に従わせている者がどんな人物なのか知りたかったのよ」
普段はアロウとハクアのお姉さん役として振る舞っているショコラの裏にどんな過去があるのか、それを聞いてますます知りたくなったが、今は聞いても仕方ないだろう。だから俺はこれ以上の追及を諦めた。
「やった、⑨ボールです」
「え!?」
「凄いわハクアちゃん」
いつの間にかハクアが残る6個の玉を全て落としていた。
「ほら、ハクアはもう寝ろ」
夢中になっていて気付かなかったかもしれないが、もう良い時間だ。
「子供は寝る時間だ」
「私、子供じゃありません」
俺の言葉に頬を膨らませて抗議するハクア。
そういう反応をすることが子供の証なんだけどなぁと心の中で思う。
「そうね、ハクアちゃんが立派なレディね」
ベルフェゴールはウフフと笑ってハクアの頭をなでる。
ハクアは気持ちよさそうにしているが、何も知らない第三者がみれば純粋無垢な子供をたぶらかそうとする悪女の姿にしか見えないぞ。
「けど、そろそろアロウちゃんもこちらに来るのではなくて?」
「あ……」
ハクアが気づいたように扉へと目を向ける。
それと同時に開けられ、アロウとショコラが現れた。
「ハクア……今、戻ったぞ」
アロウは訓練用の動きやすい服装だったが、それがもう無残にボロボロ。
対照的にショコラはご自慢のメイド服に汚れどころかしわ一つ寄っていない状態だった。
「何をそんなに大げさな。少しもんであげただけじゃない」
どうやら疑似戦闘を行っていたらしい。
「ショコラ姉ちゃんは強すぎるんだよ! なに? あのスピード。全くついていける気がしないんだけど!?」
「あんたに追いつかれるようじゃ私は引退を考えるわ」
と、せせら笑うショコラ。
その見下した態度にアロウはムッとなるが、手を出しても返り討ちにされるだけと身をもって知っているので黙り込む。
「はいはい、アロウとハクアはもう寝る時間。シャワーを浴びてきなさい」
「え!?」
ショコラの言葉に顔を真っ赤にするアロウ。
どうやら良からぬ妄想をしているらしい。
「何か勘違いしているようだけど、シャワーを浴びるのはアロウで、ハクアはその見張りよ。アロウって一人だと数秒で出てしまうから、ハクアが見張っていないと駄目なのよ」
カラスの行水という言葉がよみがえる。
まあ、アロウはカラスというより鳩や雀等様々な種類が混じった雑種なのだが。
「ハクアちゃん、しっかり見張るのよ」
「はい、任せてください! お兄ちゃんを汚れたままでいさせません」
ベルフェゴールの激励に両手をぎゅっと握りしめてやる気をアピールするハクア。
「じっくりしっかりと注意深くお兄ちゃんが洗い残した個所はないかチェックします!」
「ガフッ!?」
ハクアの言葉にアロウは鉄砲で撃たれたかのようにパタリと倒れこむ。
ハクア……天然なのかもしれないが、そういう言葉と態度は男のプライドを傷つけるんだぞ。
ほら見ろ、うつ伏せになったアロウが真っ白に燃え尽きているじゃないか。
「それでは、いってきます!」
ビシリと敬礼したハクアは倒れたアロウを引きずっていった。
そして残されるは俺とショコラとベルフェゴールの3人である。
「へえ、ビリヤードをやっていたの?」
俺の持つキューとベルフェゴールがもたれかけているビリヤード台を見たショコラは目を細める。
「次も私が勝つかしら?」
「フフフ、順番的に私の番じゃない?」
ショコラの挑発に対し、ベルフェゴールは嗤う。
実はこの二人、ビリヤードが上手い。
カーブやジャンプショットも当たり前に使い、いきなり⑨ボールを決めることも珍しくない。
加えて二人とも負けず嫌いなので、当然試合は白熱することになった。
俺?
ハクアと楽しくやってるよ?
アロウはよくラッシャを破るからやらせてないけどね。
「集める手間が省けたな。さて、少しベルフェゴールに聞きたいことがあったんだ」
俺が思い出されるのは今日の昼頃のこと。
あのドラ息子であるメダンスの父――つまり当主が現われたのだ。
応接室に案内した後の当主は平身低頭。
つまり今回メダンスが引き起こした騒動は全て彼にあり、自分達は全く預から知らないところ。
すでにメダンスは勘当・追放処分に処したのでグロバ―家は全くの無関係になった。
さらにお詫びとしてメダンスが連れてきた亜人の奴隷5人を献上するので魔族をとりなしてくれとの願いだった。
「よほどこの世界の人間は魔族を恐れているんだな」
「まあ、人間にとって私達は天敵のような存在だからねえ」
数の暴力と団結力を最大の武器とする人間にとって姿を自在に変え、心までも操る魔族はどれだけ恐れても恐れ足りない存在なのだろう。
「だから、私がここにいるというのは内緒にしてね」
魔族は恐れられている分高額の賞金がかけられている。
下っ端の魔族であろうと討ち取れば一生遊んで暮らせるだけの金が手に入るので、ここに住んでいることが知られれば賞金首ハンターや命知らずの冒険者が大挙してやってくるとのこと。
「なので送られてきた亜人の奴隷たちをちょっと連れて行くわね」
ここに置いておくと余計な危機を屋敷に招く結果になりかねないし、何より向こうのスパイではない保証もない。
屋敷の中に置いておくは非常に危険だ。
「でもなぁ」
せっかく救ったのだから、最後まで責任を持ちたいと思う。
「フフフ、ご心配なく、私の伝手を使って決して悪いようにはしないわ」
神人であるベルフェゴールが断言したのなら俺は従うしかない。
歯がゆいと思う反面、決断しなくて良かったと安心する心を発見した俺は自己嫌悪に陥った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます