第9話 拒否権はない

 場所は食堂。


 魔族が何を食べるのか分からなかったがベルフェゴール曰く、何でも食べるから好きにして良いらしい。


「どうしても用意したいのであれば小さな子どもの心臓が良いわ。出切れば獲れたての」


 ……その言葉を聞いて俺は普段通りの食事を出したことは言うまでもない。


「それで、魔族が何の用だ?」


 まずはそう切り出すと、ベルフェゴールはスパゲッティをフォークに巻きつけながら。


「興味ね。あの『銀狼』を飼い慣らせた者がどんな人だったのか知りたかったから」


 ここでショコラがピクリと動く。


「驚いたわよ、街を歩いているとあの“銀狼”がメイド服を着て首輪を付けている光景に出くわしたんだから。おかげで目を付けていた子供を見失っちゃった」


「ショコラはそんなに凄い奴なのか?」


「何言ってるの。凄いというレベルじゃないわよ、何せ――」


「……そこまでにして」


 ショコラが普段とは違うゾッとする声音でそう言い放つ。


「あら残念」


 ベルフェゴールは肩を竦ませるだけで終わらせるが、こっちとしてはショコラの殺気を受けてなおそんな態度を取れることに感嘆していた。見ろ、アロウも歯をカチカチと震わせているぞ。


「で、ショコラの雇い主である俺を見た感想はどうだ?」


「ふうむ……そうねえ。あなたはただの人間とは違うわ。それは能力とか思想とかじゃない。何かこう、別の世界からやってきた異郷人という方が正しいわね」


「お見事……」


 僅かな間でそこまで見通したベルフェゴールに俺はそう称賛する。


「もう用は済んだのよね」


 ショコラがピシャリと言い切る。


「今日の一晩ぐらいは泊めてあげるから、明日の朝にはサッサと出て行って」


「あら、つれないわねえ」


 ベルフェゴールは演技がかった様子でそう呟く。


「けど、残念だけど私はしばらくここに滞在するわ」


「は? 何で?」


 突然の滞在宣言に俺は食べていたものを吐き出してしまう。


「先ほどの様子から、あなた達は性質の悪い客に対する扱いが悪すぎるわね。格下ならともかく力のある、あの貴族連中に目を付けられたら最悪終わるわよ」


「確かにその通りだが、それ以上にベルフェゴールの様な存在がいる方が大問題になると思うのだが」


 それにベルフェゴールは唇の頬を歪ませて。


「私の得意魔法は幻術。これを使えば己を目立たなくするくらい簡単よ」


 その言葉と同時に、ベルフェゴールが座っていた場所に5歳ぐらいの子供が現れたと思った瞬間次には40ぐらいのマッチョが出現し、最後には俺と全く瓜二つの容姿をした青年がニヤリと顔を歪める。


「私達魔族はこうして化けて人の世に溶け込んで過ごしてきたのよ」


 元の奇抜な容姿に戻ったベルフェゴールは続けて。


「これを上手く使えば迷惑を掛けるお客さんを早々退場させることが出来るようになるわ」


 神人の一種である魔族のベルフェゴールが仲間に入ることほど心強い物はない、が。


「そこまでする理由は何だ?」


 立場も力量も向こうの方が上。


 何百年も生きる魔族がどうして一介の道具屋の厄介になるのか分からなかった。


「何度も言ったように、1つはショコラの主であるあなたへの純粋な興味」


「……っ!」


 ショコラが射抜く様な視線を向けるのだが、ベルフェゴールには全く堪えた様子が無い。


「2つ目は落ち着ける場所を探していたこと。根無し草の期間が長すぎたせいで飽きてきちゃってね。しばらくゆっくりしたいのよ」


「随分と勝手な理由ね」


 ショコラが憮然とした様子で鼻息を荒くするのだが。


「フフフ、神人っぽいでしょ?」


 ベルフェゴールは妖艶な笑みを浮かべてショコラの挑発をいなす。


「そして、最後の3つ目がこの可憐な少年少女を守るため! ああ、アロウちゃんとハクアちゃんを見ているとお姉さん何かがムラムラしてくるわ」


「ひっ!」


「怖い……」


 ベルフェゴールの大仰な台詞にアロウは震え、ハクアは縮こまった。


「おい、2人が怖がっているから冗談は止めろ」


「あら? 私がいつ冗談を言ったかしら?」


「……」


 素でそんなことを言う様子なので、心の底からそう言っているのだろう。


 俺は頭が痛くなる。


「えーと……多数決を取る。ベルフェゴールを雇うことに賛成な者は右手を、反対な者は左手をそれぞれ挙げてくれ」


 仕方ないので皆の意見を聞くことにした。


 で、結果は。


「はい。右手0、左手3、よってベルフェゴールは……あれ?」


 俺が目を凝らすのだが、皆は右手を挙げている。


 おかしい、先程まで全員が左手を挙げていたはずなのに。


「あらあら、これは賛成多数で私を雇ってくれるということね」


 当ベルフェゴールが能天気に呟く様子から、俺はこいつが何かをしたと踏んだ。


「おい、お前は一体何をした?」


「大したことはしていないわよ。ただ、ちょっと皆の耳を操作しただけで」


 どうやらベルフェゴールは賛成なら左手を、反対なら右手を挙げるよう幻術を掛けたらしい。


「諦めた方が良いわよ。神人である私が決めたことに対してあなた達人間や亜人に逆らうことはできない」


 確かにその通りだと納得する。


 下手に逆らっても、その基準が狂わされてしまうため結局ベルフェゴールの思惑通りに動く。


 つまり、どっち道選択肢など無かったことを思い知らされた。


「……分かった。ベルフェゴール、お前を用心棒として採用する」


 俺の決定に対する反応は。


「ちょ、ちょっと何でよ!?」


「おかしいだろ! 満場一致で反対したのに」


「そうです! あの多数決は何だったんですか?」


 当然ショコラ、アロウそしてハクアが俺に噛み付く。


「ウフフ、さてと、私は住む部屋でも選んできましょうか。後、私は大抵の場合図書室にいるから何かあった時は呼んでね」


 肝心のベルフェゴールは3人の苦情に一切関わろうとはせず、そう言い残して食堂から出て行った。

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