第7話 一難去ってまた一難

「はい、ポーション3本と毒消し2本ですね」


 ハクアが相手にしているのは主に男性客。


 カウンター越しとはいえ、ハクアの手から直接渡されるので、貰った瞬間、ハクアの笑顔と相まって客は天に昇りそうな表情を浮かべる者が多かった。


「麻痺治し5本、ハイポーション2本だ」


 逆にアロウは女性客に商品を手渡している。


 アロウはハクアと違って営業スマイルを浮かべず、ぞんざいな態度で接客をするのだが、女性達にとってはそれが堪らないらしい。「ツンデレ可愛い!」とか黄色い声を上げている。


 そして2人が暇な時を見計らって俺は近づく。


「今日で1週間か、結構行列が続くな」


 こんな山奥にまで買い求めてくる酔狂者がこんなにいるとは。


 しかもここは日本ではなくて道中に盗賊や魔物が現れる異世界。


 俺の常識では考えにくい。


「はい、コウイチさんの作った薬の評判が良いからです」


 ハクアの言う通り、俺の作っている薬は市販のと一味違うようになっている。


 具体的にはポーションを原液のまま飲めたり、異常を回復するついでに体力も回復したりする効果が付いている。


 それで市場価格と値段は同じなのだから皆は当然こちらを選ぶだろう。


 が、それだけではない。


 ここまで繁盛するのは売り子であるハクアとアロウの人気によるものが大きかった。


「アロウ、ありがとな」


 俺がアロウにそう感謝すると。


「ふん、衣食住を提供してもらっているんだ。これぐらいやるのは当然」


 アロウは家出まがいのことをした翌日、ハクアに連れ添われながら食堂に姿を現して昨夜の非礼を詫び、売り子をさせて欲しいと申し出た。


「ショコラ姉ちゃんに弓の使い方を教えてもらっているのもあるし」


 あれからアロウはショコラから弓の扱いについてレクチャーを受けていた。ショコラは剣どころか弓の扱いにも長けていたので、毎日夜遅くまでアロウと訓練をしている。


 ちなみにアロウはハクアとショコラに頭が上がらない状態らしい。


 まあ、ハクアには弱い所を見られたし、ショコラはいわずもがな。


 ただ、何故俺だけ頭が上がる存在なのか疑問が浮かぶ。


「何にせよ、良かった」


 紆余曲折があったが、満足できる形に収まった。


 ひとまず成功と言ってもいいんじゃないだろうか。


 俺はそんなことを考えながら、客を対応している2人に暖かい視線を送る。


 ちなみに、薬を売る度にカルマ値は1下がる。


 もう薬を作って売る作業に専念しようかなぁ。





「コウイチ、客よ」


 ショコラが苦々しげにそう告げてくる。


「うん? 珍しいな」


 俺は調合の手を止めてそう呟いてしまう。


 実はこれまでにも薬を買う以外の件で来た客は何人もいた。


 半分が専売契約をさせてくれだの、街に店を構えないかのといった用件ばかり。


 ぶっちゃけ1本売ろうが100本売ろうがカルマ値の減少は等しく1日で1。


 だったら無理して作る必要はなく、仕事が楽な自家販売のみにしていた。


 そして後者は論外。


 俺がここから出られない。


 と、いうことでそういった客に関してはショコラが丁重に対応してお帰り頂いていた。


「どんな用件だ?」


 ショコラでは対応出来ない件が何なのか気になる。


「ハクアとアロウを買いたいという客よ」


「……叩き返さなかったのか?」


 もう半分がハクアとアロウを買い取りたいと言う客だ。


 そういう輩は強制的に店から出て行って貰っていた。


「普通のはそうしていたわ。けど、今回の相手はハクアとアロウを売った奴隷商なのよ。だから色々とややこしくて……コウイチが出ないとどうしようもなさそうなのよ」


 なるほど、そういう理由か。


 なら、仕方ない。


「分かった、応接間にお通ししろ」


 俺は作業の手を止め、身だしなみを整え始めた。


「待たせてしまって済まない」


「いえいえ、こちらも突然押しかけて申し訳ありません。これは粗品ですがどうぞ」


 奴隷商は見た目30代の柔和な笑顔を浮かべる男性。


 前情報が無ければ立派な紳士と思い込んでしまうな。


「……」


 俺は差し出された菓子折りを見て考える。


 果たして、友好的でない相手からの土産を受け取って良いものか。


「(受け取らない方が良いです。確かに無礼となりますが、話し合いをする意志がないとハッキリと拒絶の意を示すべきでしょう)」


 俺の視線を感じ取ったのか、ハクアが小声でそう告げる。


 俺のサイドには護衛のショコラの他に、付き人兼相談役のハクアが付いている。


 ちなみにアロウはお留守番。


 本人は不本意そうだったが、変にしゃしゃり出て場を乱されては堪らないとショコラとハクアが反対したので渋々従った。


 俺? 参加してないよ?


 中立という名のアロウ不参加派だ。


 なので、アロウが無言でじっと見つめてきたのは辛かった。


「済まないが受け取る必要性がない」


「ほう……」


 丁寧な口調で俺が遠慮すると、向こうは笑みを深める。


「名前も知らない相手から素直に受け取る程、俺は不用心ではない」


「ああ、そういえば貴方様に名乗っていませんでしたね」


 しまったとばかりに頭を叩く。


「てっきりそこの亜人から紹介がいっているものかと」


 ハクアとアロウを買ったのはショコラ。


 売買の際に紹介があったのだろう。


 俺は初対面だが、ショコラは俺の名代として売買を行った。


 この場合、俺はどう応えるべきか。


「(知らぬ存ぜぬを貫き通して下さい。水掛け論に付き合う気は無いと応えるべきです)」


「なら、ここで改めて自己紹介をしようか。互いにその方が都合が良い」


「左様です。記憶力と配慮が足りない亜人を責めても時間の無駄ですしね」


 ちらりとショコラの方を一瞥した商人はそう告げる。


「(挑発に乗ってはいけません! ショコラさんも思惑を理解しています)」


 ハクアの言葉通りショコラの表情は表向き無変化。


 しかし、しばらく接してきた俺にはわかる。


 あれ、結構怒ってるな。


 敵ながら帰り道に襲われないよう祈ってしまう。


「まず、私の名前はトルメニア=バースフィード。バースフィード商会の会長です」


 30代の紳士がそう述べて頭を下げる。


「コウイチ=タカハラ。しがない薬剤師だ」


「ハハハ、しがない薬剤師とはご謙遜を。街では貴方の作った薬で大騒ぎになっていますよ」


「そうなのか?」


 街に行くどころか屋敷から出られない俺にそんな情報は入ってこない。


「ええ、食い扶持を奪われた薬ギルドが目の敵にしておりますが、生憎とコウイチ様は街の外での販売なので手が出せない状況に歯ぎしりしております」


 まあ、向こうからすれば革命的な代物を己の支配地域外からぶち込んでくるようなものだからな。


 心休まることはないだろう。


「さて、そんなコウイチ様にこんなことを伝えなければならないのは心苦しいですが、私にも立場がありますので」


 と、前置きしたトルメニア。


「ここに白金貨10枚を用意いたしました。これをもって鷺の亜人であるハクアを買い戻させてはくれないでしょうか?」


「断る」


 考える必要すらない。


「それは困ります。実はそこの希少な鷺の亜人は貴族への専売が決まっておりまして。もし、かの方の期待に応えられないようでは店を畳む他ありません」


 果たしてその言葉が真実なのか否なのか、俺には判断できない。


「じゃあ、なんでハクアを売ったんだ?」


「内の前会長--私の親ですが、どうもそこの犬の亜人と賭けをしたそうなんです。3つのコップのうち、どれかに白金貨を隠す。当たれば鷺の亜人と雑種の亜人をそれで。外れれば白金貨と犬の亜人を前会長の所有物にする、と」


 おいショコラ。


 俺の知らないところでなんという危ない賭けをしているんだ。


 俺は抗議の意味を込めて睨むと。


「(だって絶対に勝てる賭けだったもん。他の亜人ならともかく、私の手癖の速さは誰にも見えないわ」)


 ショコラは続けて。


「(それ以前にあの親はイカサマをやっていたのよ。最初から3つのコップに白金貨は入っていなかったわ。だから心優しい私が正当な勝負に戻してあげたの)」


 なるほど、自業自得というわけか。


 いや、イカサマを仕掛けようが仕掛けまいがどっちにしろショコラが勝っていただろう。


 で、向こうとしては絶対に勝てる賭けだから専売予定だったハクアを出してしまったというわけか。


「それは大変だ。しかし、ピンチこそチャンスとも言える。せっかく会長になれたのだから、頑張って切り抜けると良い」


 言外にこちらを巻き飲むなと伝えてみるも。


「ええ、なので貴方様から鷺の亜人を買い戻せれば新会長としてのこれ以上ない出発でしょう」


 トルメニアは笑みを浮かべながらそうのたまった。


「陰ながら応援している。ショコラ、お客様がお帰りだ」


 トルメニアの言い分も聞けたし、こちらも拒否を示した。


 これで会話を打ち切っても良いだろうと判断する。


「よろしいのですか、コウイチ様」


ショコラが側に寄ってもトルメニアの笑みは崩れない。


「ここで私を追い出すということは宣戦布告も良いところ。つまり、私の商会は鷺の亜人を手に入れるために何でもする。そう、全てを消し去ってもね」


 今度は脅しか。


 素直に要求に応えた方が損失が少なくて済んだと思わせるくらい苛烈な報復を行うと。


「ショコラ、どうする?」


「別に良いんじゃない? ニンゲンが取れる手段なんて限られてるし」


 ショコラはなんの気なしにそう応える。


 なるほど、じゃあこのままで良いか。


「後悔しますよ?」


 俺の選択は間違っていない。


 しかし、トルメニアの、全ては想定内というあの笑みが心の中にいつまでも残った。




 トルメニアが去ってから数日。


 商会からの嫌がらせはすぐに表れた。


 具体的には店に並ぶ客の激減。


 どうやら道中に盗賊が現れ、危険度が増しているらしい。


「ショコラ、どうする?」


「放っておいて良いんじゃない? 初心者ならともかく、中級や上級の冒険者なら敵もならないし、彼らが大量に買ってくれるわ」


 何処からか聞きつけたのか、俺の薬の評判が良いと有名らしい一団が買い付けに来て始めていた。


 増えた分の赤字は彼らで充分補填出来る。


「そろそろ冒険者ギルドから正式な討伐依頼が出されるでしょう。それで終わりよ」


 まあ、何時までも盗賊の存在をのさばらせて良いわけじゃないよな。


 すぐに道中の安全は保証されるだろう。


 ただ、それで終わらないのがトルメニア。


 今度は悪評を流してきた。


「コウイチの薬を飲んだら容態が悪化したという噂が街中で広がっているわ」


 買い出しから戻ってきたショコラがそんな情報を齎す。


「だから客足が戻らないのか」


 道中の安全が確保されたのに買いに来る人は遠方ばかり。


「トルメニアも執念深いよな」


 俺は思わずため息を吐いてしまう。


「で、どうするコウイチ?」


「どうしようもなくないか?」


 近場ならともかく、遠く離れた街の噂を止めることなど出来やしない。


「まあ、こちらに大きな被害が出てないのだから放置で構わないんじゃないか?」


「そうね、結局困るのは客だし、踊らされる方が悪いのよ」


 ショコラも同意見なようで、俺の方針に異を唱えることはしなかった。


「なあ、前々から思っていたがどうしてトルメニアはこんなピントの外れた嫌がらせをするのか」


 一番困ったのは直接乗り込んで来た時ぐらいだ。


 その他の嫌がらせに関してはほぼ何もしていない。


「だって向こうの領分は街内の狭い範囲だもの」


 謀略も協力もその範囲で行われてきた。


 いわば、街内がトルメニアの世界の全てだった。


「なのに、コウイチはその世界の外側にいる存在……対処しようもないわ」


「そういうことか」


 俺は1つ頷いて調合に戻る。


 そしてまた後日。


 今度はトルメニア自身が訪れてきた。


 以前と違い、相当憔悴しているようだ。


「面倒だ、ショコラとハクアに任せて良いか?」


 もう俺にはあいつと面と向かって話し合う必要を感じない。


「ええ、良いわよ」


「はい、わかりました」


 俺の意思が伝わり、そしておおよそ間違いでもないため二人はさほど文句を言わずに従った。


 後でショコラから、相場の五倍を出すという申し入れがあり、そしてショコラ自身も勧誘されたことを聞く。


「あいつ、ここでの待遇を聞き出した後、それ以上の待遇と給金を用意すると言って引き抜こうとしてきたのよ」


 付き合ってられないとばかりに首を振るショコラ。


「そうか……残ってくれて嬉しい」


 俺の素直な言葉にショコラは両手を腰に手をやって。


「あんな見え透いた嘘に誰も乗らないでしょ。ついて行ったところで奴隷待遇になるのは目に見えているわ。何せニンゲンにとって私達は家畜同然、約束を破ることに何の良心の呵責も感じないのよ」


「それは言い過ぎでは? 特にショコラに関してはそういう嘘は言わないと思う」


 今、振り返ればトルメニアはショコラに対して何か情欲の念が感じられたように思える。


 実際ショコラは美人で、そのしなやかな肢体は機能美を極限にまで追求した美しさがあった。


「みんな、私を見てそう言うんだけどねぇ……あまり実感がわかないわ」


 ただ、ショコラは自身の美しさをあまり意識していないように見える。


「まあ、その辺の話題はおいおいやろう」


 この話題を深く掘り下げると墓穴を掘る可能性があったので話題を元に戻す。


「ああ、そうそう。明後日に私は街に行ってくるわ」


「街に? 何故?」


 屋敷において予備が少なくなれば、その都度ショコラが買い出しに行っている現在。


 緊急に必要な物資はなかったように思える。


「買い出しじゃないの、後始末よ」


 ショコラが犬歯をむき出しにして笑う。


 どうやら追い詰められたトルメニアに引導を渡すつもりらしい。


「……怪我はするなよ」


 個人的にはトルメニアも死んでほしくはないし、ショコラも殺しを重ねないで欲しい。


 けれど、それを口に出してしまうのは憚れた。


「フフフ、ありがと」


 俺の激励にショコラは軽く笑い、この場を後にする。


 後日、回復した客足から、護衛と奴隷を連れたトルメニアが屋敷の近くの森で行方不明になったことを知った。

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