第4話 兄妹?
「絶対に俺はそんなことをしないからな!」
キャンキャン喚くのがカラスとハトとスズメと……混血を繰り返して何の種類の鳥か分からない亜人のアロウ。
「お、お兄ちゃん。コウイチさんに失礼だよ、ね?」
そんなアロウを諫めるのが輝く金色の髪とアイスブルーの瞳、純白の羽といった血統書がついてもおかしくない純潔の鷺の亜人であるハクア。
「とりあえず夕食を食え、話はそれからだ」
俺は食事を再開するよう促す。
「飯なんて食べてられるか! 俺は今大事な話を--」
ああ、確かに現状報告とアロウとハクアの二人の未来を食べながらするのは不謹慎だな。
しかし。
「飯なんて?」
「ひう!?」
「お、お兄ちゃん。ショコラさんが怒ってるよ」
表情こそ笑顔なものの、背後から鬼が浮かび上がりそうな怒気を放ってるショコラが夕食を敢行したんだよ。
俺もショコラが腹を空かしているなら軽食を済まそうと提案したのだが、街で買ってきた厚切りの肉を使ったステーキが食べたいと聞く耳を持たなかったからな。
夕食と同時進行なことに文句があるならショコラに言え。
さて、どうしてこんな話になったのか。
俺は論点を整理するためにも今日の出来事を振り返った。
「黒い翼を持つ子がアロウで白い翼を持つ子がハクアよ」
「……ふん」
「よ、よろしくお願いします」
そっぽ向いたのがアロウで怯えながらも頭を下げて挨拶をしたのがハクア。
二人とも明らかに未成年。
多分小学生でも通用する背丈と容姿。
アロウは羽と同じく黒目黒髪、雰囲気からやんちゃ坊主の印象を与えてくる。
なんというか、近所のおじさんに悪戯を仕掛けて怒鳴られながら逃げる姿が思い浮かんでくる。
平時ならクソガキで済んだだろうが、今は奴隷として俺に買われた状態。
アロウとしては精一杯の抵抗として厳しい目つきで俺を睨み、殺気と警戒心をむき出しにしている。
けど、悲しいかな小学生。
全然怖くない。
と、いうか忠告としてサドの気があるオジサンオバサンにその表情を見せるなよ。
もっと見たいとばかりに苛烈な虐待を笑いながらされるぞ。
そして、対称的とばかりにアロウの背に隠れているのがハクア。
ウェーブのある金髪に涼やかな蒼い瞳ときめ細やかな白磁の肌。
この時点で跪きたくなるような神々しさを放っているんだ。
成長すればどれほどの美しさを見せるのか、怖くもあり興味も引かれる存在がハクアである。
「おい! ハクアを変な眼で見るな!」
「お、お兄ちゃん……」
俺の視線に気づいたのかアロウがわっさわっさと黒い羽を広げながら威嚇してくる。
「兄妹?」
今日はエイプリルフールじゃないだろう。
まあ、本人達がそう言い張っているのは何か特別な事情があるのだから後で聞くことにしよう。
「しかし、鳥の亜人か」
ショコラも亜人だが、その特徴は犬耳と尻尾だった。
鳥の場合の大きな特徴は背中から生えている翼になるんだな。
「しかし、あれで飛べるのか?」
ビジュアル的には美しいが、実用性という面では疑問符がつく。
「あんな細い翼で空を飛べるほどの浮力が発生するのか?」
「コウイチ、ちょっと違うわよ」
「ショコラ、一体何が?」
「鳥の亜人の羽は空中でバランスを取るための代物。普通は風魔法を使って飛ぶのよ」
そうなのか。
じゃあ空を飛ぶというのはあまり珍しくないのでは?
「鳥の亜人は種族的に風の魔法の扱いが上手いのよ。それに、私からすれば走っていった方が早いわ」
そう言い終えたショコラはその場で五メートルほどジャンプする。
本気を出せば十メートルはいけるとのこと。
「なるほど、使う必要がないんだな」
すごい力技を見た気がする。
「それよりコウイチ。私、街で凄いお肉を見つけたのよ。早速あれを使って夕食にしましょう」
ショコラが満面の笑みでそう言う。
「それは後に出来ないか?」
夕食より大事なことがいくらでもあるだろう。どうしても我慢できなかったら軽食でも作るぞ。
「いやよ、私はステーキが食べたいの」
ショコラがプクッと頬を膨らませる。
「それに、これからの流れは移動中に説明したわ。だから後は簡単な確認で良いのよ」
それは手際が良いな。
「けど、シャワーは浴びて欲しいわね。ほら、二人とも行くわよ」
「え?」
「は、はい」
ショコラの言葉にアロウは少し挙動不審となり、ハクアは大人しくついて行く。
アロウの世話しない態度に俺はいたずら心が沸き上がったので一言。
「おーいアロウ。ハクアはともかくアロウは一人で入るんだからな」
「わ、分かってるよ!」
アロウは顔を真っ赤にして振り返り、そう怒鳴ってきた。
嘘つけ、絶対にそうなると思っていただろうが。
小三、小四辺りから母と同じ女湯でなく一人で男湯に行かなければならない寂しさといえば……
アロウよ、同じ男であり、その道を通ってきた俺に嘘など通じんよ。
「絶対に俺はそんなことをしないからな!」
テイク二とばかりにアロウが叫ぶ。
初めと違うのは夕食もすでに終わり、各々が紅茶とジュースを嗜んでいることかな。
「ショコラ、お前はアロウにどんな説明をした?」
拒否感むき出しのアロウを横目で見ながらそう聞く。
「別に変なことは言っていないわよ。この屋敷の門付近で雑貨屋をやるからそこで売り子をしなさいと伝えただけ」
「それ以外には?」
「別に、思い当たるところはないわね」
つまらなさげにショコラはそう答える。
「じゃあアロウに聞こうか」
「俺は答えないぞ!」
そうですかい。
「じゃあハクアに聞く。ショコラに何を言われた?」
「ふえ? は、はい」
大人しくジュースを飲んでいたハクアだが、突然指名されて驚き、変な声を上げる。
「特に何も。概ねはショコラさんの言葉通りです」
なるほど、誤解もなく伝わっているか。
問題なのはアロウの受け取り方か。
「おいショコラ。何でこの二人を買ったんだ?」
ハクアはまだ分かる。
警戒心はあるものの、概ね従順。
その美しい容姿は俺の安全と信用を保障するに申し分ないだろう。
が、アロウはどうか。
滅茶苦茶反抗的で俺を憎悪し、命令など受けようとしない。
しかも精神面でも肉体面でも大人に劣る子供だ。
何故その選択をしたのか俺には分からなかった。
「確かにね。そんなに反抗的ならあんたは要らないわ、つまみ出しましょう」
「ひ!?」
ショコラのゆっくりと立ち上がった動作にアロウは身体を縮みあがらせる。
「他にも締めてはく製にして飾るという選択肢もあるわよ? 主に逆らった奴隷がどんな結末になるのかをその身をもって後輩達に示してもらうのも良いわね」
多分冗談だろうし、俺も子供を殺してはく製にするという非人道的な所業など断固反対させてもらう。
「ショコラ、冗談でもそんなことを言うなん」
幼い子供を殺したらカルマ値がどれだけ上がるかも分からないし、それ以前に反抗的だから殺すことを俺の魂が拒否していた。
「そうね、言葉が過ぎたわ。けど、それ以外に躾ける方法なんていくらでもあるのよ?」
ショコラの瞳が肉食獣化のようにギラリと光る。
「ショ、ショコラさん!」
白磁の肌を青ざめさせたハクアがアロウを守るかのように立ち塞がる。
「ごめんなさい、お兄ちゃんを追い出さないで下さい。私が悪いんです、私を買うならお兄ちゃんも一緒に買ってと言った私に責任があるんです」
たどたどしい口調だからこそ必死さが滲む。
「まあ、良いわ。二人とも、今日は疲れただろうから部屋に案内するわ。そしてハクア。明日までにアロウの今の立場を理解させなさい。でないと本当に追い出すわよ」
真紅の瞳を細め、低い声で唸るような声でそう脅すショコラ。
うん、傍で見ている俺も怖い。
しかしだな、俺も言っておかなければならないこともある。
「アロウとハクア、寝る前に必ず歯を磨け、用意する」
子供の歯は弱いのだから歯磨きは必須だ。
「あんたねぇ……」
ショコラが呆れ、頭を抱える動作をする。
そのままショコラとすれ違う瞬間に耳打ちしてきた。
「……屋敷を囲む壁の結界を外せるかしら。恐らく今日の夜に二人は脱走するわ」
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