第2話 ショコラとの出会い
この屋敷には地下牢もあるらしい。
何でそんなものまで設置されているとかはもう突っ込まない。
だから俺は侵入してきた犬耳娘をまずはそこに置いて、料理とある物を作ってからまた戻ってきた。
「殺す殺す殺す殺す!」
どうやら向こうは興奮状態らしい。
俺の姿を認めた瞬間目を血走らせて狂ったように鉄格子を揺さぶっていた。
「まあ……予想通りだよな」
最初の出会いからある程度予測していたとはいえ、実際にその通りとなるとヘコムものがある。
「まさか始めからこれを使う羽目になるとは思わなかった」
そう呟きながら取り出したのはハーブの一種であるカモミールとよく似た効能を持つ植物をすり潰した粉。
カモミールは興奮を抑えて安静にさせる作用があるので、その粉に火を付けて香を炊く。
この地下牢の空気の通路は出入り口なのであっという間に香りが充満する。
犬の鋭い嗅覚も手伝ったこともあり、犬耳娘は見る見るうちに落ち着いていった。
「落ち着いたか?」
俺の問いに犬耳娘は憎しみを込めた視線で返答する。
「はあ……まあ良い。ほら、食事だ」
俺はため息を吐きながらスプーンと小皿と水を渡し、そして取り出し口に大皿に入った肉と野菜の炒め物、そしてパンを置いた後、俺は座って自分用の小皿とスプーンを出した。
「ん? 何かおかしいことでもあるのか」
別用のスプーンで大皿から小皿へ自分の食べる分を移していると、犬耳娘は信じられないと言う風に目を見開いていた。
「……どうして一緒に食べるの?」
どうやら俺と一緒に食事を取ることが信じられないようだ。
「お前には聞きたいこともあったし、そろそろお昼時だからちょうど良いかなと思ってな」
俺は本心からそう述べたのだが、犬耳娘は首をブンブンと振り始める。
「嘘よ嘘! 人間がこんなに優しいわけがない! これはあれね! こうして私の反応を見て楽しんでいるのね!」
どうして一緒に食事を取る程度でそこまで邪険な態度を取られるのか理解不能だったが、とりあえず俺の行動は犬耳娘の常識からするとありえないということが分かった。
「まあ、何だ。冷めるから早く食べた方が良い」
「食べるわけがないじゃない! 人間が――」
犬耳娘はいきり立って拒否しようとするが。
キュルルルルル
体は正直だった。
犬耳娘は真っ赤になりながら小皿とスプーンを取って食事を始めた。
「ふうん、人間にしては美味しい物を作るじゃない」
犬耳娘は全て食べ終え、唇に付いた汚れを舐め取りながらそう感想を漏らす。
「……お前はもう少し加減しろよ」
俺がジト眼で睨むのは用意した料理の大半を全て犬耳娘に食われ、結果的に俺は最初に取った分しか食べられなかったからだ。
「仕方ないじゃない。しばらく草の根や昆虫しか食べていなかったから、こういうまともな料理は久しぶりなのよ」
悪びれもなくそう言い放つので俺はもう追及を諦めた。
「もういい……で、本題に入って良いか?」
俺の言葉に場の空気が一瞬で変わる。
先程までカラカラと笑っていた犬耳娘は鋭い目つきへと変化した。
糸が張り詰めるような沈黙の中、俺が発した言葉は。
「ここはどこだ?」
「……は?」
またも沈黙状態へとなったが、今回は呆れの要素が強い雰囲気だ。
「ここはイースペリア大陸のどこにあたる? で、近くに街などはないのか?」
「え? ちょっと待って。あんた、もしかして記憶喪失?」
犬耳娘のうろたえに俺は首を振る。
「信じてもらえないかもしれないが俺は別世界にいた。知っているのはこの世界の大陸名と剣や魔法、そしてお前の様な異種族が存在しているということだけだ」
犬耳娘は俺の言葉をどう解釈していいのか迷っているようだ。せわしなく尻尾を動かす様子からそう判断できる。
「えーと……あんたの名前は?」
「高原幸一」
「珍しい名前ね。それで、出身地は?」
「東京だ」
「トウキョウ? ……まあ良いわ。あなたは何の種族?」
「種族と言うのは族名と言うことか。それなら俺は日本人だ」
そこまで答えると犬耳娘は額を抑えて天を仰ぐ。
「あー……こりゃ私はとんでもない出来事に遭遇したみたいね。話の筋は通っているけど、出てくる言葉は全然知らないことばかり」
「俺からしてもとんでもない出来事なのだかな」
突然死んで異世界に飛ばされ、そして状況を理解する間もなく犬耳娘から殺されかけるという場面に出くわしたのは俺が始めてだろう。
「とにかく、俺としては今の状況を知りたい。ここがどこで、何の風習があるのか知らないと何もできないからな」
「それなら近くに大きな都市があるからそこに行けばいいじゃない。あそこは人間が支配する国の都市だから同族のあんたなら優しく接してくれるわよ」
「そうしたいのだが、生憎俺は呪いによってこの屋敷の敷地内から出ることを許されない。正確には敷地内を囲っている塀から先には行けないんだ」
「あの無駄に高くてつるつる滑って登れなかったあれね、どうして出られないの」
「俺がこの屋敷から出た瞬間俺にありとあらゆる不幸が起こってしまうらしい」
「それを信じる根拠は?」
「俺がこの屋敷にいることと、見たことも無い薬や料理を簡単に作れたことから信じている」
一通りそう答えると犬耳娘は頭がガシガシと掻き始める。
「……正直私の手には負えないわ。何よこれ、飢えと渇きが限界に達したので、どこでも良いから人間の住む民家を襲おうとして入った先がこんなとんでもない場所だなんて」
そんな理由で見ず知らずの俺を殺そうとしたのか。
どうやら犬耳娘からすると人間は相当嫌悪すべき存在らしい。
「で、俺の質問に答えてくれるか?」
俺がそう催促すると、犬耳娘は呆れたように溜息を吐く。
「……ショコラよ」
「うん? 何が?」
俺が聞き返すと犬耳娘は少し怒ったような言い方で。
「私の名前はショコラよ。あんただけ名乗らせておきながら私だけ名乗らないのはおかしいじゃない。だから私の名を教えたのよ」
ショコラは俺に僅かなりとも心を許してくれたらしい。その事実に俺は嬉しくなる。
ピロリン 『人を助けた。カルマ値10減少』
おお、下がった。
どうやら、ショコラを救ったことが善行だと評価されたらしい。
「何よその笑顔、腹が立つわね。けど、まあ良いわ。それよりもこの世界の常識について教えてあげるからまずはここから出しなさい」
俺は頷いて牢屋の鍵を開ける。
「次にどこかシャワーが使えるところはないかしら」
「ん? どうしてだ?」
俺が尋ねるとショコラは顔を赤くしながら。
「まずは体の汚れを落としたいの! それぐらい察しなさい!」
何故か怒られる羽目となった。
だから俺は屋敷の浴槽室へ連れて行き、そこでの使い方を一通り教えた後、終わったらリビングに来てくれとそう伝言を残してその場を去った。
現在のカルマ 9989
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