カルマ

シェイフォン

第1話 始まり

『交通事故で死んだ享年17歳の高原幸一へ』


「は?」


 何故か俺はどこか分からない部屋におり、そしてソファに腰掛けて手紙を広げていた。


『言いたいことは色々あるだろうが、まずはこの手紙を読み進めて欲しい』


 手紙に先を促されるのは癪だが、その通りなので俺は文に目を走らせる。


『お前はつい先程、飲酒運転をしていたドライバーに赤信号なのに突っ込まれ、全身を強打して死亡。そこまではいいか?』


 確かに俺は高校の帰り道、交差点を渡っていたはずなのだが、道路の真ん中辺りからの記憶が無い。おそらくそこではねられたのだろう。


『お前が死んだことで両親は勿論のこと、友人、学校、そして警察まで多大な迷惑をかけてしまった。ゆえに、お前は人を悲しませ、迷惑をかけてしまった罪により賽の河原の刑が妥当だ』


「おい、それはおかしいだろう!」


 こっちは一方的に巻き込まれた被害者なのに、どうしてその上罰を受けなければならないのか。まさしく泣きっ面に蜂だ。


『が、事情を鑑みるとそれはあまりに厳しすぎるのではないかと考え、お前には別の償いをしてもらうことになった』


「……それは喜んでいいのか?」


 最悪のケースは免れたものの、罰を受けることに変わりはないらしい。


『そして、お前の罰は幸運が最悪になり、全ての行動が裏目に出るような刑に処した。分かりやすそうな例を挙げると、お前が何かを買おうとして外に出ると急に雨が降り、不良からカツアゲを受けた挙句殴られ、ボロボロになりながらも店に辿り着いても商品は売り切れで帰り道に財布を落とす。そして挙句の果てには犯罪者と似ているという理由で留置所に一晩過ごすことになる』


「ちょっと待て! それは酷過ぎないか!」


『が、安心しろ。そうなるのはこの屋敷から一歩外に出た時点から始まる。つまり、お前はこの屋敷に閉じ込められたわけだ』


「どこを安心しろと言うのかゆっくりと話し合いたいな」


『そして、お前がいる場所だがここは地球ではない。中世時代に剣や魔法、異種族が登場するイースペリアという世界だ』


「うん? どういうことだ?」


『お前はもう死んだ人間だ。死んだ人間は元の世界へと戻ることが出来ないのだ。そこは諦めるしかない』


「……もう会えないのか」


 思い出すのは父さんや母さんの顔、友人との他愛のない話や、少し気になる子の笑顔。


『感傷に浸っている場合ではないぞ」


 何故か手紙に怒られた。


『お前には3つの贈り物を贈る。まず1つはこの屋敷だ。敷地内において外部と接する面に道具屋が設置されているからそこで日々の糧を得るが良い。なお、最初はサービスとしてこの屋敷に設置されている納戸や倉庫には素材を一杯にしておいたぞ』


「ありがとうと言っておくべきところか?」


『2つ目にお前はこの時代において住人と話せるよう言語と、作れない物は無いよう技術と知識を与えておいた。試しに何かを想像して作ってみろ』


 俺は書かれていたように、想像してみる。


「そうだな、睡眠ガスと似たようなものは作れないかな」


 俺がそんなことを考えると、急に頭の中にそれを作るための素材や手順が再生された。


 そしてそのまま納戸から草を何種類か選んで頭の中に浮かんだ通りに作ってみる。


「……この甘い匂いはクロロホルム?」


 瓶に入った液体を見てそう評する俺。


 どうして草からこんな化学薬品が作れるのか分からないが、少し吸うと咳や吐き気を催すことからクロロホルムで間違いないだろう……何で俺はこんな知識を知っているんだ?


『それも私が与えたものだ』


「そうなのかよ……」


 俺は手紙を読んでいるはずなのに、会話をしていると錯覚するのは何故だろう。


『そして、最後の贈り物だが。お前の行動次第でカルマ値が変動することだ。善行を積むとカルマが下がり、悪業を行うと上がる。上を向いてカルマと念じて見るとよい』


 書いてあるままに念じると視線の先に『カルマ 9999』という文字が浮かび上がっていた。


『それはお前しか見えないものだ。この世界に住んでいる者は地球と同じく、カルマ値が数値化されて表示されることはないから誤解するなよ』


 つまり油断すれば子供にでも殺されるということだろう。


 そこは現実と一緒だな。


「このカルマに意味はあるのか?」


『カルマが+の間は屋敷から出ることが叶わぬ。つまり、屋敷から出たければカルマをマイナス以下にするだな』


 なるほど、理解した。


 つまり、このカルマの数値は刑期のようなものであり、それがある限り俺はここに居続けなければならないということか。


「で、俺はどうやって善行を積むんだ? 延々と道具を作り続けて売ればいいのか?」


 外に出ることはできず、ただ道具を作り続ける――それはそれで苦痛だな。


 いや、不本意ながら一種の刑罰なのだから辛くて当たり前か。


『安心しろ、そんなことはない』


 その続きには。


『何故ならトラブルは向こうからやってくるのだ。お前はただ待っていれば良い』


「それはまた災難だな」


『しかし、そのトラブルがなければカルマ値が動かん。つまり、死ぬまで現状維持ということになる。さて、高原幸一よ。これから先苦難が続くと思うが、お前なら乗り越えて見せるだろう……頑張れ』


 その文字と同時に俺から最も離れた位置にある窓ガラスが破られて何者かが侵入してきた。


「……犬耳?」


 銀色の髪を肩に切り揃え、スタイルもそれほど悪くないのだが、何故か犬耳と尻尾が生えている。


「どうしてそんなにボロボロなんだ?」


 例えるなら飢えた猛獣。擦り切れた衣服を身に纏い、頬はこけて目がギラギラと輝いている。


 俺と同じ17歳ぐらいに見えるのに下手に近づけば食い殺されそうな雰囲気を漂わせていた。


「……死ね!」


 犬耳娘が殺気を振りまきながら手に持った剣で斬りかかってくる。


 身体能力は高いらしく、後数歩で俺の元まで辿り着きそうだ。


 このままだと俺はあの犬耳娘が持った剣によって斬り殺されるだろう。が、そんなわけにはいかないので俺は先程作ったクロロホルムを床に投げつけた。


 俺は瞬間的に揮発したそれに対して咄嗟に息を止めたにもかかわらず目や喉に痛みが走ったがそれだけで終わる。


 俺はその程度で済んだのだが、犬耳娘はそういかなかったようだ。


 犬の嗅覚は人の数千から数万倍。それに加えて不意を打たれた出来事だったので、犬耳娘はものも言わず、一瞬で昏倒した。


「やれやれ、いきなりトラブルが舞い込んできたな」


 気絶した犬耳娘を睥睨しながら俺はそう呟く。


 振り返れば俺は数時間前まで普通の高校生だったのだが、何かの因果によってこの世界で罪を償うことになった。


 納得しているかと問われれば頷くことはできないが、納得しないからと言って辞めることはできないのなら反抗するだけ無駄。


「まあ、やるだけやってみましょうかね」


 先程まで読んでいた手紙が自然発火し、跡形もなくなっていくのを見た俺はそう決意した。

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