遠い日の夢を見ていた。

 僕は王族の片隅に生まれ、下級貴族の一人息子として乳母に育てられた。父は、寡黙な人間で、喧嘩をすることもないが、黙って本を渡してくるような人だった。一度、徴兵制に駆り立てられたが、戦争は長引かず、現在の平和な100年を悠々と過ごしている。

 ある日、父に言われた言葉がある。

「外の世界を見てみないか」と。

 僕にはその意味がよく理解できた。城壁で囲まれた街にもすっかり飽きていた。神殿では日夜議論が交わされ、その中で僕も一丁前の顔をしていたが、残念ながら仕事をしたことは一度もない。天体を観測し、日がな一日神殿内をさまようだけだった。人々の噂にも興味がなく、政治自体も興味はなかった。

 結局、僕はなかば奉公に出されるような形で、隣の王国へと駆り出された。

 隣の国王は気さくで、攻撃性は薄く、残虐非道が横行する現代でも、理を解く学者のような人だった。父と交流があったので、僕を差し出す契約をした。

 母親の記憶はほとんどなく、気がつくと僕はいつも父の書斎で本を探していた。

 一度だけ、父が僕とゆっくり話をしたことがある。

「街を滅ぼすものは何か」という重々しいテーマだった。

 僕は、災害と病気を挙げたけれど、父の答えは違った。

「完結させることだよ」

 父の言葉の意味がよくわからなかった。何が完結して、どう街を滅ぼすのかも不明だ。

「街が完結すれば、土地は使い果たされ、やがて死ぬ」

「完結させない方法は」

「循環させる」

「循環というと、一度潰してしまうのですか。潰して再生する」

「そうではなく。街を壁で囲って、仲間だけで暮らさないことだ」

「だって、その方が平和でしょう」

「平和と死は近い」

「平和が死に近い? では、壁をなくせばいいのですか。すぐに攻め滅ぼされます」

「壁というのは物質ではない。街が、街の中だけで完結するとき、そこにはもう新しい風は入らず、人々は老いて、病が蔓延する。お互いを憎しみ、殺し合うだろう」

 僕は頷いた。

「何度も循環させることで、生き続けられる」

 父は一気にそう言うと、長い髭を手で触っていた。

「では、僕が隣国へ行くことも循環のひとつですか」

「その通りだよ」

 僕は、自分が期待されていることの2割くらいは、生贄だと解釈した。

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