Ⅸ
遠い日の夢を見ていた。
僕は王族の片隅に生まれ、下級貴族の一人息子として乳母に育てられた。父は、寡黙な人間で、喧嘩をすることもないが、黙って本を渡してくるような人だった。一度、徴兵制に駆り立てられたが、戦争は長引かず、現在の平和な100年を悠々と過ごしている。
ある日、父に言われた言葉がある。
「外の世界を見てみないか」と。
僕にはその意味がよく理解できた。城壁で囲まれた街にもすっかり飽きていた。神殿では日夜議論が交わされ、その中で僕も一丁前の顔をしていたが、残念ながら仕事をしたことは一度もない。天体を観測し、日がな一日神殿内をさまようだけだった。人々の噂にも興味がなく、政治自体も興味はなかった。
結局、僕はなかば奉公に出されるような形で、隣の王国へと駆り出された。
隣の国王は気さくで、攻撃性は薄く、残虐非道が横行する現代でも、理を解く学者のような人だった。父と交流があったので、僕を差し出す契約をした。
母親の記憶はほとんどなく、気がつくと僕はいつも父の書斎で本を探していた。
一度だけ、父が僕とゆっくり話をしたことがある。
「街を滅ぼすものは何か」という重々しいテーマだった。
僕は、災害と病気を挙げたけれど、父の答えは違った。
「完結させることだよ」
父の言葉の意味がよくわからなかった。何が完結して、どう街を滅ぼすのかも不明だ。
「街が完結すれば、土地は使い果たされ、やがて死ぬ」
「完結させない方法は」
「循環させる」
「循環というと、一度潰してしまうのですか。潰して再生する」
「そうではなく。街を壁で囲って、仲間だけで暮らさないことだ」
「だって、その方が平和でしょう」
「平和と死は近い」
「平和が死に近い? では、壁をなくせばいいのですか。すぐに攻め滅ぼされます」
「壁というのは物質ではない。街が、街の中だけで完結するとき、そこにはもう新しい風は入らず、人々は老いて、病が蔓延する。お互いを憎しみ、殺し合うだろう」
僕は頷いた。
「何度も循環させることで、生き続けられる」
父は一気にそう言うと、長い髭を手で触っていた。
「では、僕が隣国へ行くことも循環のひとつですか」
「その通りだよ」
僕は、自分が期待されていることの2割くらいは、生贄だと解釈した。
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