「妻殺しですか」

 僕は乗り出した体でじっと彼を見た。

 端正な顔立ちは浅黒さに負けず、高い鼻は影を作り深い彫りが目立つ。

「そうだ。つい先週のことだ。男は牢に入っている。あとで会いに行く」

 展開の速さに頭が追いつかないものの、僕自身、自分の心臓が早鐘を打つのを感じていた。

「仕事をさせてもらえるのですね」

「もちろんだ」

 彼は快活な笑顔を見せた。

 白い歯は、何で磨いているのだろう。国では手に入らない塩などだろうか。

 そういえば、この国から1日半ほどラクダを走らせると塩の海に出ると聞いた。塩分濃度が高く、人が浮くという。

 時間ができたら、ぜひそちらも覗きに行こう。

「善は急げというし、さあ、向かおうか」

 彼は椅子を投げ出し、大股で歩き出す。

 普段であれば、10名の御付きが身の回りを世話するのだが、今日は僕との会合に合わせて屋敷内には誰もいない。

 万が一、僕が彼を殺した場合は、たぶん磔にされる。

 僕は弁護人になった。

 真実と真実を言い換えただけの偽善で、彼を救い出さなければならない。そもそも、男が「妻殺し」とされているのも嘘偽り偽善の賜物かもしれない。たとえ真実が捻じ曲げられても、この国では亡者以外は、誰も気にしない。明日の夕飯には何の関係もない。

 ただ真実を愛すれば、明日死ぬのは己だ。

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