二千年ごもり -Hanging Gardens of B-
yuurika
Ⅰ
見たことのない植物が空の青を遮っていた。放置しているのか、はじめから剪定するつもりがないのか、おそらく、後者だろう。曲がりなりにも、彼は国の王なのだから。
僕らは、従者に案内され、何層も階段を上がった。登りきった先にこの庭園があった。
「ほら、綺麗だろう」
彼は、肉付きの良い分厚い手をさし出して快活に笑った。まとっている亜麻布が慣性にしたがって揺れる。あえて庶民と同じ麻布を着ているんだろうか。普通の王族は絹を着るものだが、丈も膝より上で、戦士のように短かった。
「この木なんて、種子から育てたのだから、見事なものだ」
見事、の主語は、種子だろうか、それとも育てた庭師か。
大雑把でいい加減な話しぶりから、実は、植物に思い入れがないのかもしれない。
人に見せつけるための庭だということだ。
「美しい庭です。この植物たちは、どのように手に入れたのですか?」
僕は質問をする。
「もちろん敵国から奪ったものだよ」
「さぞ、遠い土地でしょうね。こんな植物は、一般的ではありません」
遠くを眺めるように目を細めると、彼は快活に笑う。
「いや、近いよ。隣の隣だから」
「信じられない! どう考えても、近隣の植物ではない。その国は、また別の、遠い国から手に入れたのでは?」
「そうだろうね。奪い合っている」
テレビンの木の側に、背の低い木があり、小さな葉のすきまに真っ白な実がぶら下がっていた。まん丸で可愛らしいが、いかにも毒がありそうだ。
幾何の彫刻が施された壁に手をつき、足元を流れる人工的な川を眺める。足元はレンガだ。この下にも水が通っているんだろうか。近くを流れる大川にも繋がっているのだろうか。人工的な川は、両手で測れる程度の幅で、流れは留まらないが、葉が詰まりやすそうだ。
ヴァル・カモニカ渓谷の岩壁には、古の集落や農作地が描かれていると聞いた。一度、土地を記録してみたいと思う。
《地図》というものを、僕はまだ一度も見たことがない。
美しい水は、国の実力を表している。
人が増えればゴミが積もり、川は濁る。
汚濁が国を跋扈し、治安も悪化するだろう。
「この水は、どこから引いているのですか?」
「山の雪溶け水だよ」
「葉は詰まらないのですか?」
「毎日、従者が掃除をしているから」
「大変なことだ。上流も見てみたいものです」
「街に流れている水も、ここと同じものだよ」
素直に関心をしてしまった。
見栄を張った嘘の可能性もあるが、この後に、街を案内してもらう予定なので、そんな嘘もつかないだろう。
「植物にこんな水を使うのはもったいない」
僕は水に手を付けて冷たさを確かめた。
「いや、植物を通すことで、濾過された水は、より清廉になる」
子どものころ、父が作った、麻布を通した濾過装置を思い出した。この庭も原理は同じだろうか。
王は亜麻布をはためかせて、一段高くなっている部屋へ向かう。隆々とした筋肉が黒々と輝いていた。
庇が日を遮るだけでも涼しく、風はドアのない支柱を通り抜けていた。彼は長椅子に体を下ろし、僕に手を差し伸べる。
「君がどのような勉強をしてきたのか、もう一度聞いてもいいかな」
「哲学や論舌など、あと個人的には天体も好きです」
「論舌なんて、ただの言葉遊びだろう」
「言い方は悪いですが、そうです」
「哲学も、病人のヒマつぶしでは」
「人によります」
「仕事をしたことは?」
「ありません。父に、止められました」
彼は、ふうと息を吐いて、しばらく天井を見上げていた。モザイクの装飾が施されている。
「ここでは、当然働いてもらうよ」
「そう思って、やってきました」
「最初に、まずは、そうだな」
考えこんでいる様子で、視線を落とした。
「ある罪人の弁護をお願いしよう」
「どのような」
僕は、体を前のめりにさせる。
「殺人だ」
彼は不思議と微笑み、小首を傾げた。
背後のろうそくが照らす王は、彫刻のようだった。
「殺人、というと?」
「妻殺しの男だ」
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