第32話 自分だけかっこいい言われて調子乗ってるやろ?

「奴隷? ま~、金持ちじゃなきゃ持てないよな。税金バカ高くかかるしよぉ」


「え? 奴隷を街で見かけたら? 持ち主基本怖いからなぁ。っていうかあいつら卑しいんだよ。生きてる価値ねぇくせに、持ち主の威を借りて堂々と歩きやがって」


「え? 奴隷を可哀そうだと思わないかって? 兄ちゃんは他所から来たから知らねぇんだろうけど、あいつらホント馬鹿だし死んだような目ぇしてるし、見てるこっちが気ぃ滅入ってくんだよな」


 冒険者ギルドの酒場スペースにて、和夫と拓郎は機嫌よく飲んでいる客達に、奴隷についてどう思っているかを訊いて回っていた。


「……なるほど、確かにノリオが言うてたんと大体あってるな」


「そ、……そうなんすね」


 和夫はかすれた声で返事をする拓郎を流し見る。


「我慢しとるなー、いうてそんなムカつくか?」


「べ、別にムカついてないですし? 僕短気ちゃいますし?」


 和夫は小さく嘆息すると、


「……まあええわ、んなら次は女の子に話しかけようや。食いつきよかったらそのまま遊び行ってもええし」


「こんな時にそんなしてたら祐奈さん怒りません?」


「別にそんなもん言わんかったらええやろ。それにもしかしたら日本の女より開放的かも知らんで? 『わたしって~、いつも男の人にセクシーだって言ってもらえないと自信なくすんだ~? 拓郎くんって、そんな女の子は嫌い?』とか言われたらどうするよ?」


 そこで拓郎はゴクリと唾を飲み込む。


「え? そ、そりゃ、そ、……そんな女の子おったら慰めたらなあかんでしょ? ……いや、そんなヤラシイ意味ではなく」


 微妙にニヤけながらドモる拓郎を見て、和夫は小ばかにしたようにふふっと笑う。


「ちょ! ちゃいますって! 別にそんなんどーでもいいですし! 僕別に女に困ってないですし!」


「そうか、ほな次は奴隷に惚れられたらどう思うかについてそこで鼻ほじってるオッサ……いやすまん、そんな悲しそうな顔すんなよ」


 黙って遠くを見つめる拓郎に、和夫は小さく嘆息すると、辺りを見回し始める。


 がたいのいいオッサンがハイテンションで騒ぐ中心部からは外れた奥の方のテーブル席に女だけの三人の集団を見つける。女達はそろって胸元だけを鉄板で覆った露出度の高い恰好をしており、皆中々に綺麗な顔立ちをしている。


「おい、あれいくぞ」


 和夫が親指で指す方を見た拓郎は、一瞬顔がニヤけつつも無理やり眉をひそめ、努めて不機嫌そうに言う。


「……まぁええっすけど」



「あのー、すいません、ちょっと訊いていいか?」


 和夫が無理やり作り出したのがまるわかりの普段よりワントーン高い声で話しかけると、テーブル席についている三人の女のうち、一人のショートカットの女が顔を動かさず視線だけをよこして言う。


「……はい?」


 整った顔の女は、少女の時を終えたばかりであろうあどけなさの残る顔に自信に満ちた瞳を合わせた、いわゆるイケてる優等生といった雰囲気。和夫に向けられた視線からは警戒心がにじみ出ている。


 和夫は努めて『あなたの時間を奪って申し訳ない』とばかりに、申し訳なさげな顔を作ると、


「なぁ、いきなりで悪いねんけどよ? もしよ? 奴隷に惚れられたらどう思う? そいつは顔結構かっこよくて優し気な奴やねん。嫌な気はせん?」


 女は目を細め、訝し気な視線を強める。


「え? ナンパ?」


「いや、そーいうわけではないねんけど、もしそうやったらどんな感じなんかは一応参考までに教えてくれ」


 にこやかに言う和夫に対し、女は乾いた笑みを張り付かせ首をかしげる。


「えーっと、……キモイ?」


「そ、そうか、な、なんかすまんの」


 和夫は内心ムッとしながらも笑みを絶やさず言う。


「っていうかおにーさんそんなサルみたいな顔して? 奴隷で? 私たちをナンパって……、後ろの子はちょっとかっこいいけど」


 今度はショートカットの隣に座っている長い髪をアッシュブラウンに染めた女が、これまた侮蔑を隠そうともしない様子で言う。


「いや、ちゃうんやって! 俺らは奴隷でもないし、ナンパしてるわけでもないねん。ただちょっと奴隷について調べてるというかやな……」


「ダサい言い訳……、ねぇ?」


 ロングヘア―の女の問いかけに、残る二人は露骨に頷きはしないもののさも迷惑そうな微笑で同意を示す。


「……このアホンダラどもが」



 嫌悪を多分に含んだ空気感を出され苛立つ和夫は思わず本音を小さく呟く。拓郎はそんな和夫の肩に手を置くと穏やかに言う。


「和夫さん、……もう行きましょうよ?」


「いやでも、このままやとナンパやいうて勘違いされたあげく勝手にイキられたままビビって帰っていくショボい男としてやな」


「……別にどっちにしてもショボいって」


 吐き捨てるように言う女に和夫がこめかみをヒクヒクさせるのを見て、拓郎は慌てて肩を引っ張る。


「もうええっすやん? ね? 行きましょ?」


「……お前、自分だけかっこいい言われて調子乗ってるやろ?」


「いやいや、そんなん思てないですって! もう、アンタ意外とめんどいっすね」


「なんでもいいから早くどっか行ってくれない?」


 追撃するように女が言うと、和夫はゆっくりと拓郎に向き直る。


「拓郎、俺がお前に、……大人の喧嘩ってもんを見したるわ」


「……あんま見たくないなぁ」

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🐙異世界転したマイルドヤンキーは、チートもスキルも奴隷制度も知ったこっちゃない🐙 ゆきだるま @yukidarumahaiboru

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